研究課題
平成27年度は、「アンサンブルトラクトグラフィー」法と呼ばれる拡散強調MRIデータの解析方法の開発を行い、実測データを基にした手法の正確性および妥当性の検証を行った。アンサンブルトラクトグラフィー法とは、これまでに提案されてきた複数の解析方法の長所を組み合わせることで、これまでも高い精度の解析結果を得ることを目標に開発された手法である。今年度の研究では、この手法が従来法と比べて高い精度で拡散強調MRIデータから白質線維束を同定できること、解析者による恣意的なパラメータ選択が出力に及ぼす影響を低減できることを明らかにした。この結果は、原著論文としてPLoS Computational Biology誌より出版することができた。加えて、アンサンブルトラクトグラフィー法を用いてヒト脳とサル脳の白質視覚経路を比較する研究を実施した。ヒトを対象とした研究では、近年Vertical Occipital Fasciculus (VOF)と呼ばれる白質線維束が空間情報と物体認識情報の統合に関わるとされ注目されている。この研究では、ヒトとサルの結果を比較することで、サル脳においてヒトのVOFと相同する白質繊維束があることを示した。この結果は国際会議Society for Neuroscienceにおいて発表した。さらに、ヒトの白質視覚経路と視覚認知機能の関連を検証する実験を実施し、視覚に関わる白質経路の組織特性がヒトにおける視覚認知機能の個人差と関連することを示唆する結果を得た。ヒトを対象としたQuantitative MRII計測に関する和文総説を執筆し、「視覚の科学」誌より出版した。また今年度得られた成果に関する招待講演を生理学研究所・高知工科大学・奈良先端科学技術大学院大学において行った。
1: 当初の計画以上に進展している
今年度はアンサンブルトラクトグラフィー法と呼ばれヒト脳白質線維束の同定を行う解析手法の開発を行い、その成果をPLoS Computational Biology誌に原著論文として出版することができた。これに加え、ヒト脳とサル脳において視覚情報処理に関わる白質線維束を比較するプロジェクトを進め、国際会議での発表を行った。さらに大阪大学の研究グループと共同で、当初の計画には含まれていなかった拡散強調MRIデータと心理物理実験を連携させるプロジェクトを行うことができた。その結果、白質の線維束の組織特性がヒトの視覚認知機能の個人差と関連することを示唆する興味深い知見を得た。また次年度に向けて、Quantitative MRI法および脳磁図(MEG)法の予備実験を着実に行っており、Quantitative MRI実験では再現性の高いデータを得ている。そのため、来年度はこれらの手法を加えることによって研究計画がさらに進展することが期待できる。
現在用いている拡散強調MRIで得られる指標は、複数の生理学的要因(髄鞘化、軸索の密度、グリア細胞の密度、線維交差など)によって変化することが知られている。そのため拡散強調MRIのデータだけでは、得られた結果と生理学的要因を一意に関連づけて解釈することができない。近年研究が進んでいるQuantitative MRI(以下QMRI)と呼ばれる計測法では、白質の髄鞘化とより対応した定量値を得ることが可能である。今年度の予備実験の結果、QMRI法による計測を受け入れ機関のMRI施設で実施する目処が経ったため、次年度はQMRIを用いた新たな展開が期待できる。また拡散強調MRIからは白質線維束およびその組織特性を同定することが可能であるが、将来的にはこうした線維束を通じて情報がどのように伝播するかを明らかにする必要がある。そこで次年度では白質における情報伝達の時間的特性や方向性を理解するため、受け入れ機関の保有する脳磁図装置を用いた高時間解像度の脳活動計測を行い、拡散強調MRIやQMRIで得られた結果との関連を検証することを計画している。
すべて 2016 2015 その他
すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 3件、 招待講演 3件) 備考 (2件)
PLoS Computational Biology
巻: 12 ページ: e1004692
10.1371/journal.pcbi.1004692
視覚の科学
巻: 36 ページ: 69-75
10.11432/jpnjvissci.36.69
照明学会誌
巻: 99 ページ: 432-433
https://cinet.jp/news/20160205_1761/
http://www.nict.go.jp/press/2016/02/05-1.html