研究課題
平成28年度は、当初より計画していた視覚処理に関わる白質線維束の種間比較を拡散強調MRIという同一の手法を用いた計測によって明らかにする研究を実施した。この結果、後頭葉の視覚処理に関わる線維束の種間類似性や、後頭葉と前頭葉を結ぶ経路の種差が明らかになった。さらに、拡散強調MRIデータが1881年にCarl Wernickeが行った古典的な成果を再現することも明らかにした。この成果は、神経科学研究の国際専門誌であるCerebral Cortex誌において原著論文として発表された。またアメリカ・イギリスのグループと共同で、拡散強調MRIを用いた白質線維束の分析技術の先端について総説論文を執筆し、Journal of Vision誌より出版した。加えて、平成28年度は共同研究を通じて以下の3つの成果を得た。第一に、大阪大学と共同で拡散強調MRI実験、定量的MRI実験および心理物理実験を行い、視覚処理に関わる白質線維束の組織構造と両眼立体視能力の個人差に関連が見られることを明らかにした。第二に、ヒトの頭頂葉の背側と腹側をむすぶ経路の位置や形状を平成27年度に開発したアンサンブルトラクトグラフィー法を用いて解明した。この経路は、19世紀後半にHeinrich Sachsが死後脳で発見した経路と同一のものであるが、生きているヒトの脳でこれを再現することに成功した。第三に、頭頂葉と側頭葉を結ぶ白質線維束を同定し、この線維束の大きさや他の線維束との位置関係を評価する研究を行った。これら3つの成果について、神経科学の国際会議であるSociety for Neuroscienceにおいて研究発表を行った。ヒトを対象として計測された実験データを基にした研究発表にあたっては、プライバシー保護の観点から実験参加者を特定できる個人情報が資料上に現れないようにした。
1: 当初の計画以上に進展している
平成28年度は研究が着実に進展し、当初から計画していた研究の成果がCerebral Cortex誌に原著論文として受理されるに至った。これに加えて、拡散強調MRIを用いた視覚系の研究に関する総説論文をJournal of Vision誌から出版した。さらに、大阪大学の大学院生と共同で定量的MRIを用いた実験を行い、視覚処理に関わる線維束の組織密度指標と認知機能(両眼立体視力)の間に関連があることを示唆する結果を得た。加えて、平成27年度に開発したアンサンブルトラクトグラフィー法を用いて、京都大学と立命館大学との共同研究が発展し頭頂葉の白質線維束に関する成果を得た。また、インディアナ大学から訪問した大学院生と共同研究を行い、国際会議発表という成果を得るに至った。論文や学会発表という形で報告された成果以外にも、平成28年度は脳磁図を用いた脳活動の計測など当初計画されていなかった研究にも進展が見られた。このことから、当初の計画の目標は既にほぼ達成されつつあり、かつ当初の計画になかった成果が得られつつあると言える。
おおむね当初計画された研究目標は達成されつつあるが、当初計画していた網膜疾患群を対象とした拡散強調MRIおよび定量的MRI研究については当初の予定よりも遅れている。疾患群を対象とした計測であるために、参加者の都合に合わせるため実験の実施スケジュールを柔軟に決定できなかったことが遅れの原因である。しかし東京慈恵会医科大学および玉川大学の協力を得て、平成28年度には実験の実施において進展が見られたため、平成29年度にはデータ解析を通じて研究成果が得られることが期待される。ヒトの白質線維束と脳情報の伝達速度・方向との関係を調べるため、時間解像度の高い脳磁図を用いた脳活動計測による予備的な研究を開始している。来年度に分析を本格化させ、白質線維束が脳情報伝達の方向性や時間的特性とどのように関わるかを分析する。平成28年の7月には日本神経科学大会において、「ヒト計算神経解剖学の展開」というシンポジウムを主催し、海外からの演者4名を招聘した。招聘した研究者との議論を通じて将来的な共同研究の可能性についても示唆も得られたため、平成30年度に国際的な共同研究を通じてさらに研究が進展することも期待される。
すべて 2017 2016 その他
すべて 国際共同研究 (5件) 雑誌論文 (2件) (うち国際共著 2件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (14件) (うち国際学会 5件、 招待講演 1件) 備考 (1件)
Cerebral Cortex
巻: 27 ページ: 3346-3359
10.1093/cercor/bhx070.
Journal of Vision
巻: 17 ページ: 4
10.1167/17.2.4.
https://researchmap.jp/hiromasatakemura/