本研究は、江戸戯作を社会的・文化的に位置づけるために、作品世界と、作品を取り巻く外的な要素との相関性について考察するものである。本年度は以下の成果を得た。 1、京伝作の合巻と小枝繁の読本において『剪灯新話 句解』が挿話として利用されていることを指摘し、繁読本では、先行する京伝合巻の挿絵をも併用していることを明らかにした。繁が京伝作品の典拠を読み解いていたことを示し、年間に多くの作品を執筆する必要のある彼らが、異なるジャンルであっても近い時期に刊行された作品によく目を配り、独自の工夫を施していることを指摘した。この成果は「小枝繁の先行作品利用」として『読本研究新集』に掲載予定である。 2、京伝合巻における異国意匠の取材源が、同時代の戯作者・蘭学者である森島中良の貼込帖であることを指摘し、中良を含む知識人の間で異国に関する文物が共有され、そのネットワークに戯作者が含まれることを指摘した。この背景には、近世後期における考証学の隆盛が存する。この成果は「京伝作品における異国意匠の取材源―京伝の交遊に注目して―」として『近世文藝』に掲載した。 3、2の成果を踏まえ、戯作者が、どのような考証趣味のネットワークに属したのかについて、秋田藩お抱えの狩野派の絵師菅原洞斎が文化三年頃より主催した古書画展観会の成果の一部である『画師姓名冠字類鈔』に注目して考察した。本書は、洞斎が、様々な画師の落款・印章を集めたもので、展観会で披露された資料や知識等も書留められている。調査の結果、展観会の様相の一端を明らかにした上で、展観会の参加者ではないが、京伝が洞斎より借用した資料を用いて行った考証記事が収められていること、洞斎に考証の意見を求める京伝の書簡が存することを指摘し、両者が互いに考証の協力者であったと述べた。この成果は「京伝考証学の協力者―菅原洞斎を中心に―」として日本近世文学会で口頭発表を行った。
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