研究実績の概要 |
平成28年度における本研究の主な成果は次のA, B, Cのカテゴリーに分けられる。すなわち、(A)知覚経験の現象的特性をめぐる哲学的論争の分析、(B)意識の構造の哲学的分析と意識の構造に対する科学的アプローチの提案、(C)現象的意識と道徳的価値の関係、の三つである。これらの研究成果は、どれも心の現象的特性の本性を解明するために重要である。 (A)についての成果:(1) 知覚経験の現象的特性をめぐる論争は、その現象的特性の本性や基盤だけではなく、その特徴づけや形式的定義にもかかわるものである。(2) 素朴実在論と志向説の論争は、突き詰めると、知覚経験についての哲学的理論の目的についての不一致に根ざしていることがわかる。つまり、素朴実在論者は、素朴な直観が真でありうるような整合的世界観を描き出すことを目的としており、志向説の擁護者は、知覚経験の現象的特性のさまざまな特徴を倹約的かつシンプルに説明することを目的としている。 (B)についての成果:意識の構造は、(1) 意識の可能なあり方を制約するものであり、(2)内観を通じて把握可能なものとして分析される。また、意識の構造の異常を伴うような認知機能障害をもつ主体に自身の意識経験を内観的に報告してもらった上で、彼らの脳を詳しく調べることで、意識の構造の神経基盤の研究が可能である。 (C)についての成果:意識がもつ道徳的価値については次の三つの立場があると分かった。つまり、(1) 感覚力主義(意識の道徳的価値は、意識が本質的に正あるいは負の価値をもつ経験を可能にするという点にある)、(2) 存在性主義(意識をもつとは「かけがえのないもの」として存在することであり、それこそが意識の道徳的価値の源泉である)、(3) 根本性主義(意識は全ての心的認知能力の基盤であり、認知能力に基づく道徳的価値は意識によって根拠づけられる)である。
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