昨年度からの研究成果から、読書経験論の生成と構造を解明するためにはサルトル哲学の根幹にかかわる全体的構図を明らかにしなければならないことがわかってきた。そのため、本年度はまずサルトルの前期の主著である『存在と無』について、哲学的方法という観点から研究を行った。 まず、サルトルが採用する現象学的存在論を執筆当時の思想史的なコンテクストのなかで評価しつつ、当時のフランス哲学界におけるその特色を見極めるため、フランスの現象学受容期に重要な役割を担った哲学者・詩人・哲学史家であるジャン・ヴァールの哲学にかんする研究をすすめ、フランス語で学会発表を行った。そこにおいて、ベルクソン的な持続の流れを分節化しつつ別の流れをつくる「リズム」の概念と、否定性との連関があきらかとなった。この成果を研究滞在先のリエージュ大学(ベルギー)で発表した。 続いて、サルトルの現象学的存在論の中核に位置し、また他者をめぐる現代の現象学研究にとっても未だに重要な参照項となっている『存在と無』の他者論および身体論を研究した。そこでは、他者論における叙述方法と、そこから帰結する存在論がいかなる形をとるか構造的に示し、その応用可能性を含めて精査した。他者論の構造的理解については中部哲学会年報にて論文の形式で、日本現象学会にて研究発表の形で公表した。 本年度中の博士論文完成には至らなかったことは反省点として残るものの、研究内容としては当初の予定とは異なった形ではあるものの大きく進展し、充実した成果を得ることができた。
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