本研究は、草原性絶滅危惧蝶類であるコヒョウモンモドキ(Melitaea ambigua)における長期的(過去1万年間)および短期的(過去数十年間)の個体群動態をゲノム情報及び標本DNAから復元し、さらに近年の個体群動態に与える環境要因の解明を目的としている。平成28年度は、昨年に収集した標本サンプルについてマイクロサテライトマーカーを用いた遺伝解析を引き続き実施し、日本国内のコヒョウモンモドキ12集団における1980年代以降の遺伝的多様性・構造の変遷を明らかにした。その結果、1980年代以降、多くの集団で遺伝的多様性が減少傾向にあった。さらに、各集団間の遺伝的分化についても明らかにした結果、1980年代では集団間の遺伝的分化が小さかった一方で、2010年代には集団間の遺伝的分化が増大したことがわかった。このように集団間で遺伝的分化が急速に増大した要因として、各集団間での移動個体の減少や、遺伝的多様性の減少に伴う浮動の影響が考えられた。 さらに、近年の個体群動態に与える環境要因として、草原面積及び気温の変化に注目した。各集団の航空写真から1940年代、1970年代、2010年代の草原面積について、地理情報システムから算出した。さらに、草原面積が本種の遺伝的多様性に与える影響について、統計解析から明らかにした。その結果、サンプル採集時からおよそ40年前の草原面積の減少が本種の遺伝的多様性に有意な負の影響を与えていることが解明された。また、気温の変化の遺伝的多様性に対する影響は見られなかった。 申請者の一連の研究から、過去1万年間の人為的攪乱の増大により伴う草原面積の増加により集団サイズを増加させたものの、過去数十年間の人間の生活様式の変化に伴う草原面積の減少により、コヒョウモンモドキは過去30年間で遺伝的多様性の急速な減少や遺伝的分化の増大を経験したと推察された。
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