研究課題/領域番号 |
15J00964
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
林 潤平 京都大学, 人間・環境学研究科, 特別研究員(DC2)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
|
キーワード | 自然愛 / 国語教育 / 教育史 |
研究実績の概要 |
平成27年度は、第3期の国語国定教科書『尋常小学国語読本』の使用時期に発表された国語教育論を主な分析史料として、そのなかで展開された自然愛言説の形態と機能、その主張が唱えられた歴史的背景を明らかにする研究を行った。 『尋常小学国語読本』の使用時期に注目したのは、第1にこの教科書に自然愛の記述が登場することにともなって、当時の国語教育論に自然愛に関する記述を数多く見出すことができるようになったことによる。そして第2に、明治末に登場した国民性論、なかでも東京帝国大学教授の芳賀矢一が主張した日本人の自然愛という国民性の見解が、国語教育論のなかに浸透していく様相を、この時期に見出すことができるからである。 研究の結果明らかとなったのは、この時期の国語教育論で展開された自然愛の言説は、国民性という議論と密接に関連しながら、貧困など社会問題の解消を介した秩序維持の機能を託された言説として語られていた事実であった。この時期の国語教育には、大正新教育と称される子ども中心の教育思潮と、子どもの生活状況を重視する意味でこの思潮を継承した社会認識教育という、注目すべき思想の流れを確認できる。これらの動向は、第一次世界大戦後の大正後期、及び昭和はじめの自由主義的・国際主義的な思潮傾向のなかで国家主義的な教育目標からはみ出していく教育実践、そして自然愛の言説展開を許容していった。しかし満洲事変前後から確認される教育の国家主義化の流れのなかで、先の国民性を標榜した社会機能維持の言説が、前景にせり上がってくるのであった。 本研究の意義は、この自然愛の言説に期待されたイデオロギー的な機能と歴史的な背景との連関を、実証的に明らかにしたところにある。そしてこれと同じ時期に、この機能から逸脱する可能性をもった自然愛言説の存在を指摘した点には、今日に自然愛の情操を探究する際の重要な視点を示唆しえたと考えている。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題の平成27年度における当初の計画では、明治末から大正期、昭和戦前期にかけての国語教育史で展開された自然愛言説の歴史的展開を明らかにするという目標を、国文学者芳賀矢一を主な分析対象として、そのなかで展開された自然愛言説と芳賀の教育史・思想史上の位置づけを関連させる方法でもって、実践しようと考えていた。その計画に則って、年度のはじめより芳賀に関連する史料の考察や、芳賀が編纂した教科書史料の収集に努めていたが、調査を進めていくうちに明らかとなったのは、国語教育論の歴史において自然愛の言説が広く確認されるようになるのが、第3期の国語国定教科書『尋常小学国語読本』の使用が開始され、そのなかの自然愛の記述と関連して、国語教育論のなかに芳賀の国民性論が本格的に導入されるようになってからである、という事実であった。 この事実を踏まえ報告者は、次のような研究計画の微修正を行った。つまり、自然愛言説の幅広い展開がみられた初等教育に関連する国語教育論を主な分析対象に再設定し、芳賀に関する調査で判明した事実や芳賀の国語教育史における位置づけの考察との関連も合わせて検討する形で、国語教育史における自然愛言説の変遷を明らかにしていく、という方針を立てたのである。 この方針で研究を進めた結果、芳賀が明治末に主張し、自らの編纂した教科書などを介して浸透した想定される日本人の自然愛という国民性の見解、及びそれに関連する議論が、この芳賀の議論を踏襲しつつも国語教育者たちの手によって、時々の教育に関する問題や社会問題との関連でそれらに対応するイデオロギー的機能を備えた言説へと語り直されていく実状が、明らかとなったのであった。芳賀の考察から自然愛言説の展開を明示する当初の計画を、教育者たちの国語教育論との関連を加える形で実現できた点を考慮して、報告者は想定以上の進展を実現することができたと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
今後の研究の推進方針としては、平成27年度に採用した方法、つまり小学校の国語教育論を主な分析対象としそのなかで展開された自然愛言説の変遷、つまりその形態や機能、自然愛言説が主張された歴史的背景を探る方法を採用しながら、分析対象時期を前年度の終了地点から終戦までに移して、研究を実践していくアプローチを採用しようと考えている。そしてその成果を学会で報告し、そこで得られた評価や批判を参考としながら、本研究成果の完成を目指していく。 当初立てた研究計画との関連でいうと次の変更点、つまり国語教育論を分析対象に絞ったことにより、教科書史料の収集・分析に関連する作業のウエイトが相対的に減少した点を考慮に入れて、実施の具体的な方法を検討しなければならないだろう。しかし、この国語教育論に関連する史料も各地の調査研究出張によらなければ閲覧できないものが多量にある点、平成28年度に分析対象とする時期には、国語教育に関連する専門誌や地方誌が数多く出版されていた点などを考慮すると、当初の研究計画に予定した多くの調査研究出張及び文献複写の費用が必要であると想定される。また芳賀矢一に関連して分析した国民性の議論も、この時期には「日本精神」という形で、新たな思想の形態をまとって展開されていくこととなったのであった。今後の研究では平成27度に引き続き、これら多くの領域に広がる史料の収集、及び分析を、計画的な調査研究出張や文献複写の手続きによって、達成したいと考えている。そして具体的な研究の展開は、秋に開催される学会での発表に合わせる形で、春に史料収集、夏に史料の分析、秋に研究成果の発表と批判の咀嚼、冬に研究成果の取りまとめ、という形で実施したいと考えている。
|