研究課題/領域番号 |
15J00995
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鳥海 尚之 東京大学, 薬学系研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | N-オキシド / ポルフィリン / 近赤外色素 / 蛍光 |
研究実績の概要 |
研究2年目は、近赤外色素に機能性を付与することを目標として研究を実施した。具体的には、N-オキシドを機能性部位として用いることを考案した。ピリジン-N-オキシドに代表されるヘテロ芳香環のN-オキシドは基本的な有機化合物群の一つである。N-オキシド化はヘテロ芳香環の求電子性、求核性ともに向上させ、環上に置換基を導入する方法として古くから用いられてきた。しかし、近赤外領域の光を利活用できる大環状ヘテロ芳香族化合物のN-オキシドは報告例がほぼ皆無であり、電子構造に与える影響は未知であった。 そこで、モデル化合物として、18π芳香族性を有するテトラアザポルフィリン(TAP)に着目し、架橋メソ位を酸化したTAP-N-オキシドの合成した。得られたTAP-N-オキシドの電子的性質を解析したところ、N-オキシドは18π芳香族性の強さが弱まっていることが判明した。これは、酸素原子の共鳴効果の影響に起因すると考察される。N-オキシドは元のTAPと比較して、近赤外領域のQ帯の強度、蛍光強度ともに大幅に弱まった一方で、一重項酸素量子収率がほぼ定量的な値まで増加することが明らかになった。分子軌道計算からこれらの変化は、酸素原子による誘起効果と共鳴効果の影響によってフロンティア軌道のエネルギー準位が大きく変化し、HOMO、LUMOともに偶然縮退するためであることがわかった。 TAP-N-オキシドは、近赤外光照射下で還元剤を作用させることで元のTAPに定量的に還元されることがわかった。さらに、酸の添加によって酸素原子の共鳴効果を抑制することができ、TAPと同様の強い吸収、蛍光を示すことも明らかになった。以上のように、申請者が設計・合成したTAP-N-オキシドは、近赤外領域の吸収・蛍光を外部刺激(酸化還元・酸塩基)によりスイッチング可能な機能性色素であると言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の主たる目標は、近赤外領域に強い吸収・発光を有する新規機能性分子を理論に基づき計画的に設計・創出することである。1年目はフタロシアニン類縁体であるヘミポルフィラジン・ベンジフタロシアニンに着目した。ダイマー化することによって共役を拡張し近赤外色素とするというコンセプトに基づいて合成に取り組み、900nm前後の光を吸収できる分子群を開発した。2年目は、機能性部位としてN-オキシドに着目した。大きなπ共役系の性質をN-オキシドでチューニングすることを目指して、大環状ヘテロ芳香族化合物であるテトラアザポルフィリンをモデル基質として選択してN-オキシド化に取り組んだ。結果として、700nm付近の近赤外吸収・蛍光を酸化還元や酸塩基などの外部刺激によりスイッチング可能な分子を創製できた。 この2年間の成果をまとめると、新たな分子構造を有する近赤外色素を論理的に設計・合成し、さらに外部環境に応答してその電子的性質を制御できる機能性を付与することも達成できた。このことから、本研究課題の主たる目標は達成されており、おおむね順調に進展していると評価した。生体内での光線力学療法やバイオイメージングへの応用を考慮すると、1000nmを超える領域が理想的である。今回合成した化合物群の吸収波長は700-900nmとやや短波長であるものの、今後機能性を維持しつつ吸収波長をより長波長シフトした分子を創出ことは十分に可能であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
2年目までに得られた知見を基にして、より長波長領域の近赤外光、すなわち1000nm超の領域の光を吸収・発光する分子の創製に取り組む。その際、置換基効果によって機能性を発揮できるようなデザインを行っていく。例えば現在解明しているテトラアザポルフィリン-N-オキシドの化学を、フタロシアニンやアザ-BODIPYなどのより拡張したπ共役分子に適用することで、機能性を維持しつつ、吸収を長波長シフトさせた分子を作り出せると期待している。 さらに、最終年度である3年目は応用研究にも取り組みたい。具体的には、光線力学療法、バイオイメージング、太陽電池などに実際に応用可能な分子の創製を目指していく。生体内での分子の振る舞いや固体状態での吸光・発光の評価など、実用面を指向した研究開発を行っていきたい。また、3年間の総まとめとして、本研究課題を通じ、機能性近赤外色素の開発に関する方法論の創出、芳香族性・共鳴・共役の理論化学の再構築、複雑系近赤外分子の分光学の確立にも取り組んでいきたい。
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