2016年度は6月から10月にかけてフィジー・ヴィチレヴ島西部の障害児学校でフィールドワークを行なった。同校にはさまざまな障害児が在籍しており、参与観察を通して聴覚障害児を含む障害児の学校生活および人間関係に関する民族誌的データを収集したほか、自ら手話通訳者として聴覚障害学生と積極的にかかわるなかで相互行為に関する詳細なデータを収集した。また昨年度までの調査で、現在のフィジー手話はオーストララジアン手指英語(Australasian Signed English)を原型とすることがわかったが、今年度の調査によって、ヴィチレヴ島西部では、首都スヴァのろう者が用いる手話とは一部異なる手話が用いられており、とくにスヴァの文脈でいえば「古い表現」にあたるオーストララジアン手指英語そのままの表現が多用されていることが明らかになった。これにはヴィチレヴ島西部の手話やろう者をとりまく社会的・教育的背景が関係していると考えられる。 現地調査ではそのほかに成人ろう者や手話関係者に対してインタビュー調査を実施して、彼らの個人史的・社会的な背景に関する情報を収集した。そこで得られた情報と昨年度の調査で得られた情報をもとに、フィジーで独自の手話やろう者のコミュニティが形成された歴史的経緯と現代的な変容について分析を行ない、その成果を日本オセアニア学会の年次研究大会で口頭発表した。 帰国後はフィールドワークで収録したフィジー手話話者による想起語りの映像を分析し、その成果を身振り研究会で口頭発表した。分析を通して、フィジー手話話者は実環境のモノや他者、そして自らの身体の具体的な配置のなかで即興的に手話表出を組織化しており、そこでは「手話表出」と「身体を用いた環境情報の知覚」が不可分に結びついていることが明らかになった。これは手話における身体の意義の解明を目指す本研究課題に大きく寄与する研究成果である。
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