本研究の目的は、海氷に依存した生活史を持つ氷上繁殖型アザラシ類について、海氷減少の影響を音声によりモニタリングすることである。特に求愛の機能を持つ音声を野外データから抽出することにより、繁殖行動が正常に行われているかを把握することを目指す。
本年度は、北極海において長期録音されたデータから、求愛の機能を持つ音声タイプを抽出することを目的とした。プログラミングソフトMATLABを用いて、音声の周波数及び時間的な特性にもとづいて求愛音声を自動判別することを試みた。アゴヒゲアザラシについては、求愛音声の非常に長い継続時間と周波数変調の大きさから、他種の音声と容易に判別可能であり、背景雑音の有無によらず8割以上の検出率が得られた。一方、ワモンアザラシについては求愛音声の音圧が低く、また鯨類など他種の音声と類似した音響特性を持つことから、背景雑音が多い状態では3-4割程度の誤検出が見られる結果となった。したがって、自動抽出の後に音声のスペクトログラムを目視で確認し、正しい音声のみを手動で判別する必要があった。
これまでにアザラシ類で行われてきた音響モニタリングでは、種の分布のみが調べられており、そこで何をしているかについてはほとんど明らかにされていなかった。本研究から、飼育下アザラシ類が求愛時に特有な音声タイプを持つこと、また飼育個体と共通の求愛音声が野外データからも抽出可能であることが明らかになった。今後、自動抽出の精度を向上させるとともに、より広範囲・長期間のデータを分析する必要があるが、求愛音声から繁殖行動が行われる海域を特定できれば、優先的に保全を行うべき海域を特定するなど、アザラシ類の効果的な保全を行うために重要な情報を提示することができる。
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