本研究は、送粉者と被子植物の種多様化の関係性の理解を深めるため、近縁な植物種の同所的な共存における送粉者の調査を行っている。昨年度までの研究から、日本において共存種数の多いニシキギ科ニシキギ属およびシソ科ヤマハッカ属において、異なる送粉者を利用することで近縁な植物種の共存が可能になっている可能性が示唆された。本年度は送粉者の選択的な誘引に重要と考えられる花のにおいに着目し、上記二属の植物種において化学成分の分析を行った。その結果、両属において送粉者の異なる植物種は全く異なる主成分を持ち、においの化学組成を違えていることが明らかとなった。また、同所的に生育し特定の種のキノコバエに送粉されるニシキギ属植物ムラサキマユミと、様々な種のキノコバエに送粉されるサワダツでは、少量のみ生産される物質にのみ差が見られたことから、におい成分のごくわずかな違いが送粉者相の違いに寄与していることが示唆される。 ヤマハッカ属においては複数の生育地において雑種の形成が確認され、そうした生育地では主たる送粉者は少ない一方で複数の種の花を日和見的に訪れる昆虫が数多く生息していることが明らかになった。このことは、ごく近縁な植物種の共存の安定性は環境中の送粉者相だけでなく、訪花者相に強く影響されることを示唆している。 三年間の結果を総合すると、近縁な植物種は送粉者を違えることによって安定的な共存を実現していることが示唆された。また、送粉者が大きく異なる場合(ハナバチ媒/キノコバエ媒、あるいはハナバチ媒/スズメバチ媒)には花のにおいの主成分が異なること、送粉者がわずかに異なる場合(異なるグループのキノコバエに送粉されるムラサキマユミとサワダツ)には主成分は共通だが少量の成分に違いがみられることが明らかになり、送粉者ニッチの分化において花香が重要な役割を果たしている可能性が示唆される。
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