本研究の目的は,金ナノ構造体が示す光学活性の起源を解明するとともに,ナノ構造体を光化学反応場として光のキラリティを分子系に転写し,最終的に分子構造にキラリティを誘起できることを示すことである。本年度は,昨年度に開発したナノ物質周辺の光電場の偏光状態が計測できる近接場偏光解析(NF-P)法を用いて以下の2つの研究を実施した。 まず,金ナノ構造単体が示す光学活性の発現メカニズム解明を試みた。直線偏光を照射した金ナノ円盤が局所的に左向き・右向きにねじれたキラルな楕円偏光電場を発生することを実験的に観測した。さらに,入射直線偏光の方位角を回転させると,左右のキラル光電場の空間分布も回転するという状況を実測した。このようにキラリティの無い光とナノ構造を用いて,光電場のねじれの向きをナノスケールで制御できることを実験的に実証したのはこれが初めてである。理論計算結果と実験結果の比較から,ナノ構造のプラズモンの共鳴励起がキラル光電場の発生に重要な役割を担うことも明らかとなった。キラル光電場の発生は光学活性の発現と密接に関係すると考えられ,その直接観測はナノ構造が示す光学活性の起源を解明する上で重要な成果である。 次に,キラルな金ナノ構造にアキラル色素分子を吸着させる前後のナノ構造周辺のキラル光電場の空間分布を計測し,それらを比較することで金ナノ構造・色素分子複合体が示す円偏光発光の発現メカニズムの解明を試みた。特定の波長の直線偏光を照射したキラルナノ構造単体が局所的に純粋な円偏光電場を発生することを観測した。また,ナノ構造・分子複合系からの蛍光の円偏光度の分布を測定したところ,複合体周辺で純度の高い円偏光が観測された。これらの結果から,キラル構造周辺に発生したキラル光電場がアキラル分子と相互作用することによって,分子の蛍光に円偏光が誘起された可能性が示唆される。
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