本年度は、電子供与性骨格を有するとともに、窒素固定酵素ニトロゲナーゼの鍵金属である鉄への配位が比較的容易と考えられるビス(ピラゾリルイミノ)イソインドリン配位子を新たに設計・合成し、その錯形成ならびに錯体の反応性について調べた。さらに、昨年度得られたジホスフィン配位子によって架橋された多プロトン応答型二核錯体について、その性質や反応性を詳細に検討した。 合成したイソインドリン鉄錯体と一酸化炭素との反応で得られたカルボニル錯体のCO伸縮振動波数は類似の構造を有するピリジン錯体と比べて低波数側に観測され、イソインドリン骨格の導入によって中心金属の電子密度や逆供与能が向上していることがわかった。このイソインドリン錯体は六員環キレート構造を有しているものの、広がった共役系をもつためにピンサー配位子の平面性が保たれ、以前に合成した六員環キレート構造を有するNHC錯体で見られたような逆供与能の低下を抑制することができたと考えられる。 一方、多プロトン応答型二核錯体については、架橋窒素配位子への電子供与をより強くするために、ビス(ピラゾール)-ビス(ピラゾラト)型窒素架橋二核錯体の脱プロトン化反応をおこなった。その結果、一段階の脱プロトン化によって生じるモノアニオン性窒素錯体のラマンスペクトルでは、無電荷錯体と比べてNN伸縮振動波数が大きく低波数シフトした。また、塩基の量を二当量にすると、対応するジアニオン性窒素錯体が得られた。このジアニオン性窒素錯体のNN伸縮振動は、先に述べたモノアニオン性窒素錯体よりもさらに低波数シフトして観測され、これまでに報告されているルテニウム二価錯体の中で最も活性化された窒素錯体であることが明らかとなった。これらの結果は、プロトン応答部位を集積した二核構造によって、窒素配位子への電子移動が効果的に起こることを裏付ける結果といえる。
|