本研究は、19世紀末から20世紀半ばにかけて生じた、植民地統治から開発への転換を歴史・思想的に分析し、開発援助のパラダイムおよび権力性の批判的再検討を行うことを目的とした。とりわけ本研究では、19世紀末から1950年代までのイギリス帝国を主な研究対象として取り上げてきた。そこで本年度は当初の計画通り、イギリス国内で貧困と福祉の概念が発展する19世紀後半と、イギリス帝国の植民地において貧困が「発見」され、開発が始まる20世紀前半の二次資料および国内で入手可能な一次資料の収集・分析にあたった。 その結果、貧困の認識を可視化した「統計」の概念が非常に重要であることが明らかになった。そこで統計の概念がどのように登場したのかを分析した。統計概念の構成そのものは18世紀以前に遡ることができるが、実際、それを発展・普及させたのは19世紀イギリスの中産階級だった。彼らの多くは既存のエリート(貴族、英国国教徒)とは異なる出自を持ち、独自のエピステーメーを有していた。それを背景に、事実を科学的に集積する新しい科学としての統計が彼らの間で流行し、多くの研究会や雑誌がつくられた。貧困概念を構成するうえで主要な役割を果たした社会活動家たちも、こうした集団に所属していた。 その一方で、統計の概念は貧困層のみならず、「ユダヤ人」や「黒人」、はたまた「犯罪者階級」といった他者の構成にも重要な役割を果たした、ということも明らかになった。貧困を客観的、構造的なかたちで認識するモメントとなった統計は、本質主義や人種主義を疑似科学的に裏付ける役割も果たすという奇妙な構図が19世紀に出来上がった。そして、それが植民地統治の統治イデオロギーにつながっていった。 本年度は、こうした研究の成果を慶應義塾大学法学部の田所ゼミにおいて発表した。そして、その成果の一部を単著『支配する人道主義』(岩波書店)として公刊した。
|