本年度は、走化性シグナル伝達を独立に調節するPI3K(PIP3)経路とsGC経路の分子局在が、細胞の走化性にどのように寄与しているか明らかにした。興奮系であることが示された2つの分子局在を生細胞で同時に観察し、同じ入力信号に対して2つの興奮性経路の応答に違いがあるのか調べた。するとPIP3経路と比べて不応期の短いsGC経路の分子局在が高頻度に観察された。不応期の長さという興奮系のパラメータが細胞の走化性制御で重要であるという、新たな知見を得ることが出来た。 更に、sGC局在の短い不応期がsGCの酵素反応生成物であるcGMPによって制御されている事を明らかにした。sGCは細胞の前側に局在して仮足を安定化するという機能とは別に細胞内セカンドメッセンジャーであるcGMPを合成する。細胞内のcGMP濃度が低い変異株ではsGC局在が持続的に観察される一方で、cGMP濃度が高い変異株ではsGC局在は稀にしか観察されなくなった。これらの変異株では細胞内のF-アクチン局在の頻度も同じように変化していたことから、細胞内cGMP濃度が細胞のF-アクチン局在制御にも関わっており、細胞運動をうまく調節している事が明らかとなった。 本年度の研究により、細胞が持つ複数の興奮性シグナル伝達経路は不応期という特徴量において異なる特性を有しており、外部刺激に対して単一経路だけの応答よりももっと柔軟な応答を可能にしている事が示唆された。現在は、細胞性粘菌だけの知見にとどまっているが、白血球やがん細胞のようなヒトの細胞で同じ性質が保存されているか調べることで、走化性研究の新たな分野が拓けると考えられる。
|