研究課題
コヒーレントX線回折イメージング(CXDI)は、マイクロメートルサイズの非結晶試料の内部構造を数十~数 nm分解能で可視化する構造解析手法である。CXDI実験では、高い透過性・高可干渉性を有する短波長X線を試料に入射して得られる回折強度パターンから、X線入射方向に対して投影した電子密度像を得る。本年度は、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA及び第三世代放射光施設SPring-8でCXDI実験を行い、それぞれシアノバクテリア及び原始紅藻類シゾンの構造解析に着手した。1. SACLAにおけるシアノバクテリアの三次元構造解析SACLAにおけるCXDI実験ではXFELパルス1ショットで試料がクーロン爆発によって破壊されてしまう。本研究では、三次元構造を得るために、前年度開発を進めてきたクライオ試料固定照射装置及び凍結水和試料作製法を用いて、同一の試料で異なる個体から大量の回折強度パターンを取得し、回復した投影電子密度像の相対配向を決定し、三次元再構成することを提案している。シアノバクテリアを解析対象としたCXDI実験では、約24万ショットのXFELパルスを使用し、6174枚の回折強度パターンを取得し、有効分解能50 nmを超える382枚の投影像を回復した。電子顕微鏡分野で開発された単粒子解析ソフトウェアを利用することで、130 nmの有効分解能で三次元構造を得ることができた。2. SPring-8におけるCXDIトモグラフィー実験の実施SPring-8光源を用いると数百秒の露光時間は要するが試料がクーロン爆発によって破壊されないため、トモグラフィーによって、三次元構造を得ることができる。2016年12月に実施したCXDIトモグラフィー実験では、凍結水和状態のシゾンから4400 nm~20 nmの空間分解能情報を有する回折強度パターンを複数の配向で測定することができた。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究を通して開発したクライオ試料固定照射装置及び凍結水和試料作製法によって、SACLAにおけるCXDI実験は、装置の搬入、光学系の調整から回折強度パターン計測に至るまで、ほぼ律速なくストレートフォワードに遂行することができるようになっている。その結果、およそ70時間で200万ショット以上のXFELパルスを安定して使用することができるようになり、ビームタイムごとにシアノバクテリアの三次元構造を可視化し、3つの異なるデータセットからも同様の構造が回復されることが確認できた。これは、本研究で実施している構造解析手法の信頼性が極めて高いということの証明になるだろう。回復したシアノバクテリアの三次元構造には、シゾンの葉緑体の投影電子密度像にみられるチラコイド膜の構造的特徴が確認された。この結果は、葉緑体が、原始の真核生物の細胞内で共生したシアノバクテリアが起源であるとする細胞内共生説を”構造学的な観点”から議論する材料になるだろう。また、個体によって構造が異なると考慮すると、三次元構造の有効分解能130 nmは個体差によって生じる構造の多様性を定量的に示していると考えられる。今回、SPring-8におけるCXDIトモグラフィー実験では4400 nm~20 nmの空間分解能情報を有する回折強度パターンを計測することに成功した。これまでの国外を含めた構造解析研究で、これ程広い分解能情報を一度に測定した実験は例を見ない。三次元構造で同程度の空間分解能を達成できれば、超分子複合体などの生体分子をピクセル画像として、シゾン丸ごとの内部構造を解像できるだろう。以上のように、本研究を進める段階で、申請時にも予想できなかった知見を得られる状況にあることから、当初の計画以上に進展していると判断した。
SPring-8におけるCXDIトモグラフィー実験で、S/N比の良い回折強度パターンを得るためには数百秒の露光時間を要するため、与えられるビームタイム中に測定できるパターンの枚数は有限である。三次元構造の分解能は配向数が多い程高くなるため、如何に効率よく回折強度パターンを計測するかが構造解析の是非を左右することになる。次年度は、ゴニオメーターの回転軸ぶれによる歳差運動を補正する機能などを備えた制御ソフトウェアを開発すると共に、測定に関わる操作全般を高効率化し、計測技術のハイスループット化を目指す。SPring-8で解析する細胞は一個体であるが、細胞には個性があり、特定の個体ひとつだけを解析して生物学的な理解を含めることは一概には難しいと考えられる。その点、SACLAにおけるCXDI実験では、数十 nm分解能の構造情報を有する投影電子密度像を短時間に大量に得られるようになっているため、細胞の構造多様性を統計的に評価する手法として極めて有用であると考えている。例えば、構造多様性が細胞周期によって生じるのであれば、多様性が小さくなるように投影電子密度像を選択して三次元構造解析すれば、周期ごとの構造を明らかにすることができるかもしれない。今後は、投影電子密度像をクラス分けするアルゴリズムや細胞周期を同定するフローサイトメトリーを導入した試料調整法の開発に着手する。得られた細胞の構造多様性についての知見をSPring-8で得られるで単一個体の構造に対応づけることで生物学的な議論に繋げていきたい。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 謝辞記載あり 3件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
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