今年度は前年度に引き続いて市場の厚み効果(thick market effects)の実証研究を実施した.分析では,入居時点における物件の募集広告件数を厚みの代理変数とみなし,これが特定物件への入居期間で測定したマッチングの質(アウトカム変数)に与える影響を,東京都区部の賃貸住宅募集データを利用して定量的に測定することを目指す.昨年度はポテンシャル・アウトカムと厚みについて物件属性で条件付けた場合の独立を仮定したモデルを用いて,効果の識別を試みた.今年度の議論によって,この分析フレームでは家計が転居する時期を選択することによる内生性の考慮ができず,識別の観点から妥当ではないことが明らかとなった.
そのため、今年度は分析に使用するデータセットのサンプル期間を拡大したうえで,賃料を含めた物件属性によって層別化する方針を採用した.またアウトカムとなる入居期間について,その物件入居時期の内生性に対処するため3月から4月に限定して分析を行い,この期間中で生じる募集広告件数の急激な減少について,その効果を分析した.期間,物件規模(間取り等),エリア,最寄り駅からの距離,賃料水準など様々な指標で複合的に層別化を行ったものの,いずれの場合も有意な効果を確認できなかった.この結果により,前年度のラフ分析で示唆された効果の存在は,内生性のコントロール不足に起因するものである可能性が示された.同時に今年度の分析では貸主側の賃料変更などの戦略的な行動を考慮しておらず,この点を考慮することが今後の課題であると認識している.
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