研究実績の概要 |
本研究の目的は酸化還元応答性を有するキラルな分子を超分子へと展開し、分子間でのキラリティ伝播に基づく新たな機能開発を目指すものである。本年度は外部キラル源のキラリティを非共有結合的相互作用を通じて転写し、酸化還元反応によって転写されたキラリティの記憶および消去が可能な「酸化還元応答型キラルメモリー」という、これまでにない新たな分子系の確立を目標とした。 外部キラル源認識部位としてクラウンエーテル、酸化還元活性部位としてビスキサンテンを有するジヒドロフェナントレン分子を設計、合成した。温度可変NMR測定から、この分子は酸化還元前後でのラセミ化のON・OFF切り替えが可能な適切なラセミ化障壁を持つことが確認された。中性状態において、外部キラル源としてキラルなアンモニウム塩を添加したところ、クラウンエーテル部位における水素結合を介したキラリティ伝播により、一方のキラリティが優先することがCDスペクトル測定から明らかとなった。続けて酸化を行ったところ、優先したキラリティを保持したまま酸化状態へと変換可能なことも確認できた。この結果から、本年度の目標を達成できたといえる。 上記の成果に加え、酸化還元応答のみならず、酸塩基応答性を示す新奇な応答系を見出し、研究を行った。このものは、2,2’-ビスフェノールの6,6’位にカチオン性クロモフォアを有するジカチオン型分子からなり、二電子還元によってジヒドロフェナントレン型中性体へと変換されるのとは別に、二回の脱プロトン化により5H,10H-ジオキサピレン型中性体へも変換される。興味深いことに、この系では二段階のプロトン化/脱プロトン化の過程において、一段階目に発生する中間体が観測されず、二段階ほぼ同時のプロトン化/脱プロトン化が起こることが見出された。このような系はこれまでに例がなく、新たな分子応答系のモチーフとなることが期待できる。
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