2016年度も海外研究指導の委託により、フンボルト大学ベルリン哲学科のアンドレアス・アルント教授の指導のもとで研究を遂行した。 第一に、2016年5月にアルント教授のコロキウムで行った研究報告においては、ヘーゲルの『精神現象学』「理性」章の読解を通じて、「自己批判」と「社会批判」との関係を捉え返した。ここでは、個々人が社会秩序を前に自らの個人性を貫徹させることによる社会批判とは異なる形の社会批判のあり方を考えるために、個々人が個別性という契機を喪失することと、個人を取り巻く普遍性の具体化との関係についてのヘーゲルの記述に着目した。質疑においては、本報告が普遍性の変容の根拠として提示した「現実が生けるものとなる」というヘーゲルの表現をめぐって、この現実の位置づけが問われた。 第二に、同5月には国際ヘーゲル学会の研究大会において報告を行った。そこでは、ヘーゲルの理性章の議論の具体的有効性についての質問を受けるなど、本研究を具体的な社会哲学的理論構成において捉え返すための重要な機会となった。 第三に、国際学会での質疑を踏まえて、ヘーゲルの『精神現象学』を資本主義批判の方法論的基礎として展開した、ジェルジ・ルカーチの哲学に着目した。この成果として、2017年1月に、共著『ヘーゲルと現代社会』に、「ヘーゲルとルカーチ」(仮)として寄稿した。そこでは、ルカーチがプロレタリアートの特徴として提示する「同一の主体‐客体」という概念からヘーゲルの「事そのもの」論を解釈し、ルカーチの現代化を試みるホネットの物象化論を批判的に検討した。 アルント教授による「現実の変容」の解釈についての指摘によって、本研究の方法論は抜本的に捉え返されざるを得ないことになった。今後は、従来計画されていた内容を遂行するだけでなく、本研究のよって立つ問題意識そのものが適切であるのか考え直す必要がある。
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