研究実績の概要 |
優れたセルロース溶解能を有する水酸化物水溶液を反応溶媒とした誘導体化プロセスの構築を試みた。誘導体化反応のモデルとして、種々のエーテル化反応の中でも特に困難なベンジル化を選択した。 47%[P4,4,4,4]OH水溶液に3 wt%となるようセルロースを溶解させた後、ベンジルブロミドを滴下してセルロースのベンジル化を行った。得られたベンジルセルロース(BC)の残存ヒドロキシル基をアセチル基へと置換した後、1H NMR測定によりベンジル基の置換度を評価した。ベンジルブロミドの滴下量、温度、および反応時間を変化させ、置換度との関係を評価した。 ベンジルブロミドの滴下量をグルコースユニットあたり9モル当量とし、25℃で3時間攪拌したところ、得られたBCの置換度は2.5となった。従来は、同程度の高置換度BCを得るためには70℃程度で4時間以上の攪拌を必要としていたことから、[P4,4,4,4]OH水溶液を用いることで、非加熱下でも効率的にベンジル化が進行することが明らかとなった。置換度はベンジルブロミドの滴下量に大きく影響を受け、グルコースユニットあたり3~9モル当量となるよう変化させると、それに伴ってBCの置換度も0.7~2.5まで変化した。次に、ベンジルブロミドの滴下量をグルコースユニットあたり9モル当量に固定し、反応温度を変化させたところ、反応温度の上昇に伴ってBCの置換度が低下する傾向が見られた。続いて、ベンジルブロミドの滴下量を9モル当量、反応温度を20℃とし、反応時間を変化させたところ、10分で置換度が2.5に達することが明らかとなった。 以上の結果から、[P4,4,4,4]OH水溶液がセルロースのベンジル化反応の溶媒として優れた能力を有することが明らかとなった。水溶液の濃度やカチオンの構造のデザインにより、様々なエーテル化反応にも応用できると期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は、主にセルロースのエーテル化反応を検討した。その結果、上述のとおり、従来は70℃で4時間以上かかっていたセルロースベンジル化反応が、非加熱下、わずか10分の攪拌で迅速に進行することが見出された。これは、[P4,4,4,4]カチオンが親油性を有するため、側鎖にある程度のベンジル基が導入されて親油性が増大した低置換度BCとの親和性が高く、ある種のエマルションを形成して反応が促進された可能性がある。また、従来のエーテル化反応では反応温度の上昇に伴って反応効率も向上していたが、本研究で見出されたベンジル化反応においては反応温度の上昇に従って誘導体の置換度が低下するという興味深い結果が得られている。これも、前述のエマルション形成の仮説を裏付ける結果の1つである。すなわち、温度上昇に伴って溶媒のアルキル基の運動性が増大し、エマルション形成能が低下したため、ベンジル化反応の効率が低下したと考えられる。また、実際に反応溶液が反応の初期段階において曇る様子が観察されている。以上の結果は、セルロース溶剤の溶媒物性が誘導体化反応の反応効率に大きな影響を及ぼすことを明らかとした重要な結果であり、本研究の「誘導体化反応のためにイオン液体構造をデザインする」という発想の重要性を示すものである。 このように、当初の予定よりも少ない溶媒種の検討に留まった一方で、研究開始時には予期していなかった大きな発見があった点から、おおむね順調に進展していると判断した。
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