平成29年度は8月1日付で異動となったため、特別研究員としては四か月の研究期間となった。その期間で、予定通り「quantum pseudo-randomness(ユニタリ・デザイン)」と呼ばれる量子系でのランダムなコヒーレントダイナミクスに関する研究に取り組んだ。特に、申請時の研究計画1,2に対応し、「1.昨年度に得られた『量子回路およびハミルトニアンを用いたquantum pseudo-randomnessの効率的な生成方法』のフォローアップ」、「2.系の対称性を保存するランダム・コヒーレントダイナミクスを用いたホログラフィック原理の導出、及びブラックホールの情報パラドクスの理解の深化」の二課題に力を入れて研究を行った。近年、量子情報科学の理論・実験両面においてランダム・コヒーレントダイナミクスの重要性が再認識されており、量子コンピュータの実現・量子通信への応用のために、実際にランダムダイナミクスを用いることが増えている。しかし、その重要性の一方で、ランダムなコヒーレントダイナミクスを大規模な実験系で実現することは容易ではないことが知られていた。今回の研究成果は、課題1によってそのようなダイナミクスを実際の実験系で実現する簡潔な手法を提案し、また、課題2によって新たな物理・工学への応用を提案することに成功しているため、量子情報科学の今後に大きく貢献するものである。 これらの研究に並行し、申請時の研究計画3への予備研究として、複雑なコヒーレントダイナミクスが重要な役割を果たしていると考えられる「孤立量子系での熱緩和現象」を計算複雑性の観点から解析した。その結果、複雑なダイナミクスと熱緩和現象を結びつけるためには、従来の熱力学を少し広げた枠組みで議論した方がよいことが判明し、今後に繋がる成果を得られた。
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