本年度は経済と安全保障に関するゲーム理論モデルから導出された仮説を統計分析により実証した。前年度より、経済的相互依存が中程度である国家間において最も武力紛争は生じやすいという仮説を統計分析により実証していたが、統計モデルを再検討することによりより頑健な結果が得られた。数理モデル及び統計モデルの成果はスタンフォード大学の教授を始め国内外の国際関係論者が集まった会議において報告し、意見交換を行った。
また、ゲーム理論のモデルより、国家は敵対国の国力伸長を助長するとしても経済的利益のために貿易を行うが、敵対国の脅威が大きくなるにつれて経済関係を縮小するという仮説も導出された。そこで、本年度は、敵対関係と経済関係が併存する東アジアにおいて事例研究によりこの仮説の妥当性を検討した。基本的に、国家は経済的利益と安全保障への悪影響を比較考慮しつつ敵対国との経済関係を管理していることが示された。一方で、民間アクターの重要性、敵対国との経済関係の拡大と縮小の間を振り子のように変動するといった、ゲーム理論では表現しきれなかった要素が働いていることも明らかになった。
最後に、武力紛争により経済関係が縮小するため、そのような経済的損失を忌避して武力行使に抑制的になるという有力な見解に対してサーベイ実験による検証を行った。そこで、日中間の尖閣諸島を巡る紛争に関する架空のシナリオを被験者に提示し、日本政府への支持態度を回答してもらい、それを分析することで、経済的損失に対してどのような反応を示すのかを明らかにした。日本人は経済的損失に対して否定的に反応するという意味で既存の見解に合致する一方、国際危機時に政権への支持率が上がるという旗下結集効果も存在し、後者が前者を相殺することで日中間の国際危機のエスカレーションが抑制されないという示唆を得た。
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