平成29年度に実施した研究成果の一つは、『現代社会学理論研究』に掲載された「普通であることの呈示実践としてのパッシング」である。本研究の対象である精神病患者をはじめ、何らかのスティグマを抱える人々にとって、自らの素性を隠して対面的相互行為を行うことはきわめて重要な戦略であるが、その理論的な支柱であるE.ゴフマンのパッシング論理を、エスノメソドロジーの創始者であるH.ガーフィンケルのパッシング論理と比較する形で、再検証を行った。得られた知見は、スティグマを付与された者にとって第一の課題となるのが、常人にとっては自明視されている「普通であること」を達成することであり、そうした実践は、その場の状況に応じてアドホックに達成されるものであるということを指摘した。従来のパッシングに関する研究では、ゴフマンの議論を所与として扱ってきたが、そうした議論では捉えられない複雑な人々の営みを記述したという点において、今後のパッシング研究の展開にとって、理論的な視座を提供した点に意義がある。 研究成果の二つ目は、日本社会学会テーマセッション「『概念分析の社会学』の展開(1)」枠で報告した「診断の変化と経験の再記述――うつ病から双極性障害へ」である。当該報告では、当初うつ病と診断され、自らのライフヒストリーを再編成した患者が、その後に双極性障害と診断しなおされた結果、自らのこれまでの経験をどのように再・再編成していったのかを、インタビューデータをもとに記述した。得られた知見は、そうした病の意義づけが過去の経験についての理解を変え、そうした理解が現在の行為の理解を変え、さらにそうした理解が過去の経験の理解を変えていくというループ効果と呼ばれる現象を招来しているという点を指摘したことである。 いずれも、理論的な観点によって記述されてきた概念やその実践を、経験的なデータに基づいて記述した点に特色がある。
|