本研究のテーマである移民規制の厳格化が移民の形成するトランスナショナルな社会空間に与える影響を理解するためには、メキシコ村落部(S村)の調査だけでなく、移住先の集住地域における状況も含めて把握する必要があった。この課題であったS村出身者が多く集住する米国カリフォルニア州フレズノ市における3週間の現地調査を2017年9月に実施した。 この調査を通じて得た知見は主に次の三点である。一点目は、移民規制の厳格化による越境的な家族形成の変容である。従来の研究では、移住した男性が故郷に残る家族を経済的に支えることが指摘されてきたが、本調査では強制送還された男性を支えるために、配偶者である女性が米国に残り故郷に戻った男性に仕送りするという、越境的な家族形成の変容が明らかになった。 また二点目として、移民政策のあり方が女性の職業選択に制約を与えている事例があった。非正規移民の配偶者を持つ第二世代の女性は、配偶者に経済的依存していることを移民審判に示す必要があった。このため、米国市民で看護師資格があるにもかかわらず、比較的取締りの緩い農産業で氏名や社会保障番号を偽り従事していた。従来の第二世代の若者に関する研究は、教育達成による社会上昇を前提としてきたが、この事例は専門職技能を獲得した第二世代が非正規労働市場へと水路付けられる矛盾を示している。 三点目として、移民政策の厳格化による家族再統合の困難化が挙げられる。過去の越境時の拘束が「再入国」カテゴリーとして重罪化されることで、米国市民であっても両親の合法的な呼び寄せが困難になる状況が生まれている。オバマ政権は、強制送還政策による家族離散を避けるために、米国内における取締りを「犯罪者」に絞り、国境の取締りに注力するとしてきた。しかし、本調査による事例は、そのような政策意図とは裏腹に国境管理の厳罰化が家族の再結合を妨げていることを示している。
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