研究課題/領域番号 |
15J03032
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
大槻 初音 京都大学, 農学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2017-03-31
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キーワード | 分散 / 捕食回避 / 産卵場所選択 / 擬似開放系 / ハダニ / カブリダニ / 生物的防除 |
研究実績の概要 |
ハダニとその天敵カブリダニの攻防は両者が分散できない閉鎖系で観察されがちだった。本研究では両者が餌場から歩行分散できる装置を用いて、カンザワハダニ雌成虫(ハ雌)のケナガカブリダニ雌成虫(カ雌)に対する捕食回避戦略を調べた。ハ雌は通常は葉面に張った網内で産卵するが、カ雌のいる餌場から安全な餌場に分散したハ雌(過去にカ雌を経験したハ雌)は、その餌場が現在は安全なことを認知していながら産卵場所を葉面から網上に変えた。これは卵(ハ卵)をカ雌の捕食から守るための行動と予想し、カ雌が餌場から歩行分散できる装置を用いて、網上のハ卵が葉面のハ卵よりも圧倒的に食べ残されやすいことを示した。以上より、ハ雌の網上産卵は将来の子の捕食リスクを下げるための適応学習であると結論した。一方、ハ雌はカ雌のいる餌場からより早く遠距離に分散することによってもハ卵の捕食リスクを下げられるはずだが、カ雌を経験してもハ雌の分散性は高まらなかった。網上産卵は、ハ雌にとってコストの大きい餌場間分散を必要最小限に抑えつつ卵を守るための戦略と考えられた。上記の成果は、餌場内の微細環境レベルでの母親の産卵場所選択が卵の捕食回避に役立つことを示す数少ない報告例の一つであり、室内で分散行動を観察しやすいダニの特長を活かしたことで卵が「食べ残される」ことを明確に示した初の報告である。 また、ハダニ幼若虫が捕食回避のために分散することを発見した。従来のハダニ個体群の遺伝構造や薬剤抵抗性発達に関する研究は「ハダニ幼若虫は分散せず生まれた餌場内で近親交配する」という天敵不在下で得られた観察を前提としていた。上記の発見により、農業害虫のハダニを化学農薬と天敵カブリダニを併用して抑える総合的害虫管理において、従来の被害予測や薬剤抵抗性発達予測を見直す必要性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成27年度は「分散途中のハダニに天敵が及ぼす即時的影響」の解明に向けて、当初の研究計画に従い、ハダニ個体群内に天敵存在下での分散距離および仲間を追跡する行動に関して遺伝的変異があるかどうかを調べ(人為選抜し)た。非常勤雇用教職員の作業協力を得て、野外の異なる地点から採集した複数のハダニ個体群それぞれに対して4-5世代の人為選抜をおこなったが、いずれの個体群でも遺伝的変異を確認できなかった。同年の12月に、野外からハダニ個体群を採集できなくなったことと、非常勤雇用教職員に対する謝金の支払いが難しくなったことから、当初の研究計画を断念することにした。 「研究実績の概要」で述べた成果については、当初の研究計画には含まれなかったが、上記の人為選抜作業と並行しながら研究を進め、2015年9月の第24回日本ダニ学会大会、2016年3月の第63回日本生態学会大会、および同月の第60回日本応用動物昆虫学会大会にて口頭発表を行った。2015年12月には京都大学理学研究科生物多様性コロキウムにて招待講演を行った。さらに、本成果に関する原著論文を執筆して英文誌に投稿した。年度内の論文受理には至らなかったが、現在査読中であり、今年度以降の成果となる見込みである。 以上のように、年度後半に研究計画の変更を伴ったことから、本課題の進捗状況は「やや遅れている」と判断した。今年度は、投稿中の論文受理と研究の発展を目指し、より一層の努力が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
当初の研究計画では、平成27年度に人為選抜により個体群内の遺伝的変異を確認したハダニ個体群を用いて「分散途中のハダニに天敵が及ぼす長期(進化)的影響」を検証するはずであったが、「現在までの進捗状況」で述べたように遺伝的変異を確認できるハダニ個体群を入手できなかったため、研究計画を変更する。今年度は「研究実績の概要」で述べた内容を発展させるために、分散できる状況下でのケナガカブリダニ雌成虫(カ雌)の採餌戦略と、捕食回避のために分散したカンザワハダニ幼若虫(ハ幼若虫)の分散過程の詳細について検証する。 カ雌の採餌戦略については、カ雌がカンザワハダニ雌成虫(ハ雌)に気付かれずにハダニ卵(ハ卵)を搾取する術を持つか、カ雌が以前に食べた餌の内容(ハ卵、ハ幼若虫、ハ雌、カブリダニ共食い、花粉等の植物由来の代替餌)によってハ雌に気付かれるまでの時間が異なるかを、ハ雌がカ雌から分散するタイミングの違いによって判定する。本研究は、化学情報を活用する被食者と天敵の軍拡競争に関して新たな知見を提供できる可能性がある。 ハ幼若虫の分散過程の詳細については、ハ幼若虫が分散途中に出会う仲間の歩行跡(吐糸)を辿って群れるか、その性質が群れて交尾相手を探す必要が大きいと考えられる雄のハ幼若虫でより顕著かどうかを調べる。ハ幼若虫が仲間の歩行跡を辿って群れることが確認できた場合、ハダニの繁殖行動とハダニ個体群の遺伝構造に関する従来の研究成果の再考が促されるだろう。 研究成果の公表については、平成27年度の研究成果に関する論文の受理を目指すとともに、今後得られる研究成果を随時英文誌に投稿する予定である。国内で開催される学会に加えて、2016年7月にスペインで開催される第8回欧州ダニ学会議と、同年9月に米国で開催される第25回国際昆虫学会議に参加し、研究成果を口頭発表する予定である。年度末には博士論文の完成を目指す。
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