イオン性柔粘性結晶の分子設計はイオンの回転運動性を高めるために、これまで球状イオンに限られており、キラルイオンによる研究はほとんど行われていないが、対称性の低いイオンの凝縮系における運動はエントロピーや欠陥の増加が見込めることから、柔粘性結晶のイオン伝導度が高いことが期待される。またキラリティにより極性構造を形成することができれば、イオン性柔粘性結晶による強誘電性や指向的なイオン伝導など、新たな機能の発現も期待できる。 (1)不斉中心を有するラセミの四級アンモニウム塩において、低温でも高いエントロピーを保持した柔粘性結晶を見出した。ラセミイオン対と類似のキラリティのないイオン対の比較によりラセミイオン対が残留エントロピーを有していることを見出した。またアニオンのイオン伝導度が高く、イオンの運動性が高いことが明らかとなった。 (2)球状のテトラエチルアンモニウムとキラルなカンファースルホン酸アニオンから成るイオン対において、非極性構造から高温で極性構造への相転移を示す特異な柔粘性結晶を見出した。通常、結晶の相転移は昇温によって対称性が上がるため、低温では強誘電体であっても高温では常誘電体に転移する。近年柔粘性結晶の強誘電体が報告され、その回転運動制御が注目されているが、極性構造を有する柔粘性結晶の設計は重要な研究課題であり、さらにそれを高温で誘起することは強誘電性材料の設計に大きな波及効果をもたらすものである。 このイオン対ではキラルアニオンによって設計された空間において球状イオンの制限回転が誘起され、昇温によって二回回転対称軸回転から三回回転対称軸回転へと回転対称の転移が観測された。空間対称性の低い回転モードに転移することによって、極性構造に転移するという特性は他に報告例がなく、キラルアニオンによって制限された空間におけるカチオンの分子回転が、特異な物性をもたらすことを発見した。
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