本研究は、十七世紀、中でも崇禎年間(1628-1644)を中心として近世中国における国家財政の実態を分析することにより、明清財政構造の特質とその連続性を解明することを企図する。 本年度は、現在まで整理・データ化してきた財政記録に関わる諸史料(趙世卿『司農奏議』、汪応蛟『計部奏疏』、李起元『計部奏疏』、畢自厳『度支奏議』、朱燮元『朱少師奏疏鈔』など)の分析を継続している。実績としては、主に財政支出と財政収入という二点を取り上げることができる。 財政支出に関しては、明代末期に中国西南地域で起きた土司の反乱を平定する軍事費(黔餉)を手がかりとして、当時の中央政府による軍事費の調達方針、及び財源の性格を検討し、明朝中央政府が内地大規模反乱に直面しても、地方の財政権力を一貫して把握していたことを解明した。具体的内容は2017年度東北中国学会で公表し、学術雑誌へ投稿した(現在査読中)。 財政収入に関しては、明朝が財政収入を強化するために実行した考成法、即ち官僚人事処分制度を分析した。従来、解明されず、論争されてきた明代天啓・崇禎期(1621~1644)における考成法の実態を明らかにし、一時廃止されていた考成法を天啓期に復活させ、崇禎期に強化したことを論証した。さらに、明末考成法の考察を通じて、明清財政管理の連続性をも指摘した。 なお、2016年1月に刊行された論文(「明末の財政管理について――戸部清吏司の職掌を中心として――」)については、刊行以降、諸研究者の助言を受けて、内容を修正し、特に明代中期財政管理についての状況を加筆し、中国の学術雑誌へ投稿した。
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