本年は、(a)「健常者」の役者による「障害」の模倣表現の特徴整理と、演劇上の効果の分析、そしてそこに表れるバリの身体観を考察すること、(b)現地調査を実施し、実際に障害のある芸能家たちを取り巻く社会的状況と実際の演技内容を明らかにすること、(c)バリ芸能の現代的展開に関してこれまでの自身の研究を発表すること、の3点を行った。現地調査は合計で約5週間行った。 (a)に関しては、国内の学会で、仮面舞踊劇トペンを事例に、口頭発表を行った。障害を模倣する演技の特徴について(1)観客は役柄を演じ分ける演者の腕前を楽しんでおり、欠損の表現がdisabilityというよりも演者のabilityとして楽しまれていること(2)年寄り、異教徒、女、方言など、人間の他の特徴と同列に扱われ、欠損が障害というよりも差異や多様性の表現となっていること(3)観客たちにとって身近な登場人物にのみ現れること、の3点を指摘した。その上で、道化を共同体の外からやってくる「異形の者」ととらえた山口昌男の論と対比し、バリ演劇の、身体の欠損を笑いものにするジョークが、異常な他者を描くものでなく、自分たち自身の多様な身体性を楽しむ遊戯であることを指摘した。この内容については英語論文も執筆中である。 (b)に関しては、視覚障害のある歌手D、構音障害のある女優N、肢体障害のある者たちの作業所兼寄宿舎Sを中心に、上演やその前後に続く日常生活をみせていただいた。また、介助者や共演者など、健常者でありながら、障害のある者たちと共に舞台に立つ人々に対するインタビューも行い、彼らの意図や経験について語ってもらった。なお首都ジャカルタにも短期間滞在し、バリ芸能に関する資料収集を行った。 (c)に関しては、トペンの研究を単著本として出版した。その他、バリ芸能のグローバル化について国際学会で口頭発表した。
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