昨年度より研究実施計画は大きく分けて2つの計画から構成されていた。1つ目の計画は、2匹の獲物を見失うことなく連続して捕食するためのコウモリの飛行と音響の選択的注意の運用方法を検討することと、またその過程において数理モデルの整合性についても検討すること、であった。一方2つ目の計画は、ソナーの出力特性だけではなく入力(エコー聴取)・出力(飛行・パルス放射)双方の特性を考慮した数理モデルに拡張するために、コウモリが超音波エコーから何がどのように見えているのかをヒトを用いた音響心理実験を通じてトップダウン的に理解すること、であった。昨年度は論文投稿など1つ目の研究計画をメインに進めていたため、今年度は2つ目の研究計画の方に特に力を入れて研究した。 標準サイズのダミーヘッドを超音波の波長サイズに合わせて縮小したミニチュアダミーヘッドにより計測した超音波バイノーラルエコーを用いて、晴眼かつ健聴なエコーロケーション未経験者を対象に形状、テクスチャー、材質弁別に関する基礎データを計測した。その結果、コウモリのエコーロケーションパルスを模擬した超音波信号を用いることで、視覚情報のみではその形の違いが分かりにくい物体であっても、エコー情報から弁別できることがわかった。また音響分析および統計モデル解析から、ラウドネスや音色を音響的手掛かりとすることで物体の形状やテクスチャーを弁別できることもわかった。現段階では、ピッチ変換した超音波バイノーラルエコーを被験者にパッシブに聴かせて物体を弁別させる実験系であるが、今後、被験者がアクティブセンシングにより複数の獲物を(自身も移動しながら)捕らえる実験系に拡張できれば、ヒトの感覚知覚を利用した、数理モデルにおける入出力特性の評価や、コウモリのソナー戦略の理解に対する新たなアプローチが可能になると期待できる。
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