本研究が対象とするのは、ロシア革命後にヴォルガ川中流域から極東へと避難し、戦後はトルコ・米国へと移住したタタール移民とそのディアスポラである。従来の研究では戦前日本の回教政策を分析視座とするのに対し、報告者は、極東生まれの2世、トルコ・米国生まれの3世のオーラル・ヒストリーを重視する。聞き取りを主とした調査の結果、タタール移民の多くは戦後トルコに渡り、その後定住する者と米国へ再移住する者とにわかれたことが判明した。こうした移住傾向の背景と要因を、移民個々人の視点と社会的・歴史的文脈の双方から解明するため、2015年度はトルコ共和国での長期海外調査を行った。 2016年度は、一連の調査を通じて収集した語りの文字起こしと分析作業を進めつつ、タタールスタン共和国カザンでのシンポジウム参加を含む計三回の研究報告を行った。また、タタール移民の集住地であった神戸では、神戸モスクを訪問し、神戸市文書館にて資料を収集した。さらに、2017年現在もタタール移民協会が活動を継続するニューヨークでは、協会長の協力を得つつ、旧満洲からトルコを経由し渡米したタタール移民への聞き取り、個人所蔵の資料調査、コミュニティに関する情報収集を行った。 関係者の世代交代が進むなか、語りや未公開資料の収集は急務である。こうした状況において、前年度までに実施した東京、イスタンブル、アンカラ、サンフランシスコ・ベイエリアでの調査に続き、当該年度における神戸とニューヨークへの出張を経て、極東出身タタール移民たちの、主たる居住地の全てで調査を実施することができた。 移民個々人の語りは単なる事例ではなく、歴史のうねりのなかで紡がれたものである。国際情勢や移住元・移住先の状況、移住制度、移民コミュニティとの関わりにおいて、より深く理解されるべきであり、今後も分析を継続する。
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