本年度は博士論文の完成を主な目標として行った。 申請者は16世紀から18世紀にかけてオスマン朝で起こったイスラーム改革潮流カドゥザーデ派によるスーフィズム批判と、その批判に対してスーフィズム擁護派が如何に応答を試みたかを研究してきた。カドゥザーデ派の思想的源流であるビルギヴィーは、実はあくまでイスラーム法を省みない無知なスーフィー集団を批判していただけであり、彼自身はガザーリーなどのスーフィー思想家を積極的に評価していたことを明らかにした。しかしカドゥザーデ派の運動が大きくなるにつれビルギヴィーの思想は歪められ、スーフィズム全般への批判に代わっていったことを明らかにした。特にスーフィズムの神秘的宇宙論である存在一性論は大きな批判にさらされた。カドゥザーデ派の影響はオスマン朝下イスタンブルだけでなく、シリアなどのアラブ地域にも波及し、18世紀ダマスカスで活躍したスーフィー思想家ナーブルスィーも、こうしたスーフィズム批判に立ち向かう必要にかられた。ナーブルスィーは、存在一性論を単なるスーフィズムの一分野ではなく、イスラーム神学や法学など他のディシプリンを横断する基本的世界観として提示し、非ムスリムでさえも受け入れることのできる普遍的思想へと昇華させた。 申請者の研究は、先行研究ではほとんど明らかになってこなかった近現代以前のイブン・アラビー学派の思想的発展を、16世紀から18世紀までのオスマン朝のスーフィズム批判潮流とのスーフィズム論争史のなかで明らかにすることに成功した。
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