報告者は19世紀の細胞学からの影響に着目して、ドイツの哲学者ニーチェの道徳批判を分析した。主な対象とした文献は、彼が善悪の根拠について論じた『善悪の彼岸』と『道徳の系譜』及び晩年の遺稿である。注目した点は、ニーチェによれば人間の行為を導出しているのは、「衝動」間の闘争によって決定する最も強い衝動であるということだ。彼はこれらの「衝動」を人間に知覚されるか、または知覚され得るものとして捉えたうえで、それらの「衝動」が生じる部位は脳であると把握していた。一方で、ニーチェは細胞という場所においても「力への意志」という原始的な形式の精神が生じていると考察していた。そのうえで彼は、このような細胞の精神は人間には決して知覚されないとみなしていた。以上の分析によって、ニーチェは人間の内面で生じる複数の「衝動」を、身体における細胞の「力への意志」が闘争を通じていくつかに集約したものとして解釈していたことが分かった。
上記の研究成果をもとに報告者が解析に取り掛かっているのは、そのようなニーチェの衝動論が彼の道徳批判といかにして関連付けられていたのかということだ。この観点から彼の思想を取り扱う際には、①人間と自然の関係に加えて、②人間と社会の関係についても着眼している。それぞれの項目について分析を進めて、ニーチェが人間の「衝動」の機能構造に関していかなる議論を展開していたのかを明らかにしていく予定である。
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