研究課題/領域番号 |
15J04452
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
村井 翔太 同志社大学, 生命医科学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 音声 / 聴覚 / 学習 / 脳機能イメージング |
研究実績の概要 |
私たちの生活空間は、さまざまな環境音で溢れている。例えば、話し相手の音声が耳に届くまでに、音声が反響したり、空調の作動音や近くの人の声が混ざったりと、音声は多くのノイズ成分を伴う。それでも、音声の内容を理解して言語コミュニケーションを取ることができるのは、音声信号の不足部分を脳神経系で補完しているからであると考えられる。加齢、病気、騒音、薬剤などによる難聴の発現によっても、音声の音響的情報は大きく欠落する。補聴器や人工内耳を装用しても、音声の明瞭性の低下は避けられない。このような脳へ送られる音声信号の音響的情報の変化に対して、脳神経系では音声の補完処理の学習やそれに伴う可塑的な変化が絶えず起きていると捉えることができる。音声の補完学習に貢献する脳機能の理解は、聴覚障害の改善に貢献することが期待される。 本研究では、聴覚障害の模擬音声を作成し、健聴者に対して音声の聞き取り訓練課題を行った。模擬音声は、音響的情報が録音した元の音声よりも欠落しており、音声の内容を聞き取るには音声の補完処理を学習しなければならない。学習には数日間の訓練が必要であり、学習中の脳の可塑的な変化を、functional magnetic resonance imaging (fMRI)を用いた長期間の脳機能計測により検討した。 その結果、訓練を数日間繰り返すことで、聴覚障害の模擬音声の聞き取りテストの成績が上昇した。同時に行った脳機能計測においては、言語処理に関わる脳機能領域の活動の段階的な変化を確かめた。聞き取りやすい明瞭な音声を聞く際には活動しない言語処理機能が、慣れない音響情報の補完処理に貢献していると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
音声の補完処理の学習と脳神経系の関係性を、音声の聞き取り訓練課題とfMRIによる脳機能計測から明らかにすることを目指した。音声補完の訓練課題に取り組んでいる際の数日にわたるfMRIデータの解析を行った。訓練課題は、健聴者である被験者が、聴覚障害の模擬音声の聞き取り訓練に取り込む。模擬音声は、録音した明瞭な音声から周波数情報を削減して作成しており、学習に一定の期間を要するものである。また、獲得した補完処理メカニズムは訓練音声を長期間聞かなくても維持されるのか、獲得した補完処理メカニズムの想起にはどのような脳機能部位が関わるのかを検討した。一度訓練を受けた被験者に対して、訓練音声を1年間聞かせない期間をおいて、再び聞き取りテストと脳機能計測を行った。 訓練実験の結果、聞き取り能力は訓練7日目に、初日の訓練前と比較して全被験者で成績が向上した。脳機能計測からは、左下前頭回(言語や短期記憶に関与)の聴覚障害模擬音声を聞いているときのBOLD信号値が、初日は雑音を聞いているときと差がなかったが、2日目以降は上昇して徐々に日を追って低下した。訓練初期特異的な下前頭回の学習への関与が示唆される。また訓練の1年後も訓練初日と比べて成績が向上したままであった。さらに訓練の1年後は左下前頭回に再度、活動の上昇が見られた。1年後では他にも下頭頂葉や小脳といった、一般的に注意や誤差補正機能を担うとされる領域が有意だった。1年後に聴覚野周辺の活動が低下したため、補完処理の想起は聴覚野周辺以外に依存することが示唆される。通常の聞き取りやすい音声を聞く際には活動しない脳の高次機能が、補完処理の獲得・維持に貢献していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでのfMRIによる研究から、音声補完能力の獲得に関連が示唆された脳機能領域に対して干渉を与えて、補完学習への影響を検討することで、補完学習の神経メカニズムのさらなる解明を目指す。非侵襲的脳刺激法(tDCSを検討中)を用いた訓練実験では、音声補完学習への影響があると考えられる機能部位の神経活動を抑制して、各機能部位の神経活動の訓練への影響を検討する。また非侵襲的脳刺激法を用いた実験とは別に、補完学習に関連すると考えられる脳領域の機能を要する干渉課題を取り入れた訓練実験を行う。訓練実験中に、被験者が訓練以外のタスクに並列して取り組むことで、短期記憶、構音、注意といった補完学習に関連すると考えられる機能の影響を検討する。 さらに、得られた結果を取りまとめ、論文執筆及び学会発表を行う。
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