本研究は、音声情報の欠損を補完する頑健な知覚の神経基盤の解明を目指す。加齢、騒音、薬剤などによる難聴の発現や、人工内耳の装用によって、後天的に耳から聴覚野に入力される音声信号は音響情報が大きく欠損している。しかし、ヒトは音響情報の一部がノイズなどによって妨害されても、情報の欠損を補って聞き取る能力を持っている。音響情報の補完は、聴覚皮質や言語野、多感覚統合が行われている頭頂葉や高次認知機能を担う前頭葉など様々な領域が動員されていると考えられる。聴覚障害の理解のためには、音響情報を適切に知覚する際に必要となる補完処理が、どのような神経基盤に基づいているかを明らかにする必要があると考える。 音響情報が欠損した音声を知覚する際に関連する脳領域を、実験刺激の聞き取り能力の個人差に基づいてmagnetic resonance imaging(MRI)を用いた検討を行った。実験刺激は、平易な日本語の文章を、人工音声装用者の知覚の模擬音声に変換したものを用いた。被験者(模擬音声に馴染みのない健聴者)が模擬音声を聞いている際の脳活動の計測を行い、併せてMRI撮像の前後に、模擬音声の聞き取りテストを行った。その結果、Functoinal MRI(fMRI)による脳機能計測では、左下前頭回、後側頭溝や下頭頂葉において成績と相関する活動が認められた。また、Voxel-based morphometry(VBM)によって算出された灰白質の容積と聞き取りテストの成績は下頭頂葉において相関する部位が認められた。これら形態学的、脳機能的な計測は、神経活動と知覚成績との相関関係であるが、音響情報の補完精度のモニタリングや、補完処理の個人の能力を評価するバイオマーカーとなり得る可能性が示唆される。
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