研究課題/領域番号 |
15J04464
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
西澤 賢治 九州大学, 理学府, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | ガラス / 非平衡状態 / レオロジー / 細胞内力学 |
研究実績の概要 |
成分の高分子コロイドからなる3 種類の細胞抽出液(原核細胞である大腸菌、真核細胞であるHeLa 細胞とカエルの卵)について濃度を変化させながら粘性率を測定すると、全ての試料において、濃度増加に伴う粘性率の急激な上昇が観察され、細胞内部の生理的な濃度(~300mg/ml)よりも低濃度で抽出液の粘性率は発散することがわかった。次に生きた細胞内部の高分子濃度を変化させながら粘成率を測定した。生きた細胞内部の結果は粘性率が濃度に対して指数関数的に増加することが分かった。これらの結果のガラス的な性質を理解するためにガラス転移点の濃度を1として粘性率の増加挙動をスケールした。生きた細胞内部では粘性率が指数的に増加しておりStrongガラス的(Arrhenius)な振る舞いをすることが分かった。一方、細胞抽出液ではガラス転移点近傍で指数関数よりも急激に粘性率が増加しておりFragileガラス的(Super-Arrhenius)な振る舞いをすることがわかった。 ここまでの研究で示唆されてきた、細胞内部の非熱的な力学駆動が生きた細胞内部と細胞抽出液の粘性率の違いを生み出すのではないかという予測を明らかにすることを試みた。処理をしていないHeLa細胞とエネルギーを枯渇させた細胞内部の粘弾性を測定比較した。細胞内部では、ATPを分解することでエネルギーを取り出し、またADPとリン酸を結合させエネルギーを蓄えている。そこで今回、ADPとリン酸を結合できずエネルギーを蓄えられないようにし、エネルギーを枯渇させた細胞内部を用意した(ATP depletion)。ATPが枯渇した細胞内部では非常に弾性的な振る舞いを持つようになることがわかった。細胞内部での非熱的な力が細胞内部の混み合った高分子を駆動し粘弾性を低下させている(Shear thinning)のではないかという予測を補強する結果が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私は細胞内の分子混み合い状態がガラス化の機構を介して粘弾性に与える効果を究明することを目指している。これまでは主に細胞から抽出した試料(細胞抽出液)を用いた実験的な研究を遂行していた。現在は実際に生きている細胞内部の力学環境を調べることができる新たな計測装置を開発して研究を進めることができ、生きた細胞内部の新たな結果も得られてきた。細胞抽出液は力学的平衡状態にある“モノ”であるのに対し、生きた細胞内部は非熱的な力に駆動された非平衡状態になっている。この非平衡状態下での物理現象は近年非常に注目されている分野である。特に実験的に平衡状態と非平衡状態を比較し定量的に遂行された研究は少なく、力学駆動の有無が大きな力学特性の違いを生み出す本研究は、非平衡物理学・ガラスの分野でも重要な役割を担うことが期待できる。実験的研究に関しては既に国内外の学会でも注目される成果をあげ、複数の論文を権威ある学術誌にそれぞれ投稿している。現在は好意的な査読結果を得て現在再投稿準備中である。また当初から予定していた理論的・数値的解析も開始している。実験的な研究に現在まで重きを置いて遂行してきたが、それにより新たに得られた成果により、理論的・数値的解析と組み合わせることで新たな発見が期待できる状況にあり、来年以降に理論的な結果も出していくことを目指している。したがって現在までの進捗状況はおおむね順調であるといえる。さらにこれまで物理的な興味で研究を遂行してきたが、様々な生物分野よりの学会でも高い評価を受けている。生きた細胞内部の測定を安定して行えるようになり、様々な条件の細胞のデータを測定可能になってきており、来年度以降に生物・医学分野においても、これまで少なかった物理の知識・測定技術を用いた定量的な測定という切り口から、大きな貢献ができることを目指す。
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今後の研究の推進方策 |
細胞内部の非熱的な力学駆動が,生きた細胞内部と細胞抽出液の粘性率の違いを生み出すのではないかと現在予測しており、エネルギーを枯渇させた細胞内部では非常に弾性的な振る舞い(動力学が凍結、ガラス的)を持つようになるということがわかってきた。しかしながら、現在は極端にエネルギーを枯渇させた細胞と通常の細胞内部の結果を比較しているだけの状態にある。今後はさらに細かく細胞内部の力学駆動の大きさをコントロールしながら変化させ、“駆動力の大きさ”と“粘弾性”を同時に測定することで、細胞内部の力学特性を理解する。また駆動されたガラス状態のメカニズムについても明らかにすることを目指す。 力学駆動の大きさと細胞内部の粘弾性の関係を明らかにするために、今後細胞内部の力学駆動の大きさをよりコントロールしながら測定を目指すとともに、より単純に任意の大きさの力を加えたときの影響をみるため、シミュレーションによりより簡単な剛体球コロイド混み合い系で力学駆動を変化させた際の力学特性の変化を明らかにするための準備を現在進めている。さらに“駆動力の大きさ”と“粘弾性”の関係を調べた結果と照らし合わせることで、ガン細胞が排除・浸潤する際のメカニズムに迫る等の研究も行っていく。ガン細胞内部の活性の変化やガン細胞と通常細胞間の力をその際の粘弾性を測定することで、生物・医学分野にも貢献することを目指す。
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