研究課題/領域番号 |
15J04473
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
田所 尚 早稲田大学, 文学学術院, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 受容理論 / 読者反応批評 / 『テスト氏との一夜』関連書簡 / 『若きパルク』関連書簡 |
研究実績の概要 |
2015年度の活動は、ポール・ヴァレリーの書簡テクストの分析的読解に有効なアプローチ方法の選定と、ヴァレリーの未公刊書簡の全貌把握、読解とを主要目的とした。 まず、本研究の遂行者はバンヴェニストやオースティンといった言語学者の書物を精読した。相手への呼びかけや、言語行為のパフォーマンス機能を解明する言語理論はたしかに書簡読解の助けになり一定の示唆は得た。しかし同時に、それらの理論はそもそも書簡テクスト全般に概ね当てはめられるものであり、ヴァレリーの書簡の特異性を明らかにする理論的アプローチたりえないという結論にも達した。一方、読者のテクスト受容の方法と書き手との関係からテクストを読み解くイーザーやフィッシュらの読者反応批評、受容理論の研究書は、ヴァレリーの書簡テクスト分析の大きな一助となることが明らかになった。というのもヴァレリーの書簡執筆活動の根幹には、手紙の読み手に対して設けた明確なヒエラルキー意識が存在しているためである。つまり、望ましい読者とそうでない読者とを峻別した上で、どちらの読者に向けて書くか、どちらの読者が自分のテクストに接することになるかという問題を想定した上でヴァレリーは書簡テクストの書き方を意識的に使い分けるためである。読者反応批評、受容理論の観点から、ヴァレリーにおける読者を階層化する傾向の強さと特異性が明らかになり、こうした理論は本研究における有効なアプローチ方法となることが分かった。 ヴァレリーの未刊行書簡、草稿の調査に関しては、ヴァレリーの作家、詩人としての経歴を画することになる代表作の執筆時期に、彼の書簡テクスト全般にわたって現れる主題系(過剰な自意識と対他者意識、階層化された読者層)が端的に表れていることが明らかになった。具体的には『テスト氏との一夜』と『若きパルク』執筆時の1890年代前半と1910年代半ばとが、その時期にあたる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2015年度の研究活動目的として掲げた、書簡テクスト読解のための理論的知識の習得は予定より進展した一方、未刊行書簡の調査は予定よりも遅れている。予定よりも研究が進展した面もあればしなかった面もあるという意味で、「おおむね順調に進展している」と自己点検をした。 理論的知識の習得は、読者反応批評、受容理論の応用がヴァレリーの書簡テクストの読解に有効であると明らかになったという進展があった。それに加え、ヴァレリーに特有の読者観の解明は、彼の同時代の読者層に関する社会学的知識の習得と同時並行的に行うことが効果的であると思い至った。そこで、2016年度に行う予定であった、19世紀末、20世紀初めの文壇、出版状況、読者層の実態に関する歴史社会学分野の研究書(P・ブルデュー、Ch・シャルル)の読解も一部、初年度に前倒しして行った。予定よりも研究が進展したというのは、この点においてである。 その反面、初年度のもうひとつの目的であったヴァレリーの未公刊書簡の調査・読解の実施状況は手薄になったと認めざるを得ない。これは、上記理論書の読解に想定以上の時間を費やすこととなったためである。また、未刊行書簡の読解と並行して『三声の往復書簡』(ヴァレリー、ジード、ルイスの三者による書簡集)を精読するにつれ、本研究のなかでのその重要度がより大きなものになっていったためでもある。実際この書簡集は、ヴァレリーの作品産出において重要な位置を占める時期(1890年代前半と1910年代半ば)をカバーするものであり、ヴァレリーの生涯にわたる書簡の営みに見出せる中心的主題の萌芽がこの書簡集には見出せた。とはいえ研究の重点を未刊行書簡、草稿の調査解読から『三声の往復書簡』精読へと事後的にずらしたために、その成果を当初計画していた日本フランス語フランス文学会での秋季全国大会にて発表できなかった。その点が反省点として残る。
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今後の研究の推進方策 |
研究活動の初年度は、ヴァレリーの書簡を、書簡のテクスト内部の論理から読解するための方法論を選定する、いわば研究の基盤固めの期間となった。2016年度には、書簡テクストそれ自体に対して外縁部に属する情報、実証的知識の獲得を目的とした研究活動を行う。具体的には、ヴァレリーと実際に書簡を交した友人たち(ルイス、ジード、フルマン、ルベイなど)についての実証的知識の獲得、及び彼らの作品の精読を行う。それにより、ヴァレリーによる自己投影の対象となる相手の社会的身分、(文学的)思想信条、文体の傾向がより一層明らかになり、かつ、友人たちとの比較において位置づけられる一般読者に対する、ヴァレリーの嫌悪感の要因も同時に明らかになるためである。また、外部コンテクストからの書簡テクストへの接近方法として、ヴァレリーの同時代の文壇、出版状況、読者層、文学の社会的位置づけについての歴史社会学分野の研究書(C・シャルル、N・エニック、R・シャルチエ)も精読する。特に、ヴァレリーの自我形成過程、創作活動初期にあたる19世紀後半の、上述の歴史社会的状況に関する知識の獲得を目指す。 これらの読解作業に並行して、ヴァレリーの書簡の精読も引き続き進めてゆく。その際、ヴァレリーが自身の二つの代表作(『テスト氏との一夜』(1896年)、『若きパルク』(1917年))を制作していた時期の書簡の読解を、とりわけ集中的に行う。 初年度に習得した書簡テクストの内部読解のための方法論(受容理論)と、2016年度に行う書簡テクストに対する外部からの読解、実証研究とを総合して、2017年度より、本研究の成果をまとめた博士論文の作成にあたる。その際、ヴァレリーの書簡執筆活動を特徴付ける諸傾向(過剰な自意識と対他者意識、階層化された読者層)がより凝縮された形で観察できる、『三声の往復書簡』を主要な資料体として取り扱う。
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