本年度は、特別研究員での研究の集大成となる博士論文の執筆が主な活動となった。論文構成の再考に時間を要した結果、本年度中の博士論文提出という予定は延期せざるを得なくなったが、論文中の特に有意義であると思われた箇所を発表したことが本年度の研究実績となる。まず、2018年4月に刊行された日本ヴァレリー研究会の機関誌『ヴァレリー研究』第7号(記載刊行年月は2017年7月)に、ヴァレリーの初期往復書簡に見られる彼の夢想の特徴を分析した論考を寄稿した。これは博士論文のヴァレリーの自我様態を扱う章に相当する。また、2017年10月には日本フランス語フランス文学会秋季全国大会にて発表を行った。この発表は初期ヴァレリーの文学観を、当時の文壇情勢をふまえつつ、書簡の読解を通じて明らかにしようと試みたものである。その際、ヴァレリーが1892年に創作から一時遠ざかった要因として、当時彼が住んでいたモンペリエの、文学サークルでの交流を挙げた。そしてこの交流が、彼に当時の文学潮流への失望感を抱かせ、文学的実践よりは理論の探求へと向かわせたという事実を提示した。この発表はヴァレリーの文学観を論じる章の一部となる。なおこの発表の原稿は2019年刊行予定の『フランス語フランス文学研究』第113号への掲載が決定した。さらにまた、博士論文執筆以外の研究活動として、昨年度の研究活動を通じて得られた19世紀末の文学・社会史の知識を生かし、パリ第10大学のジュリアン・シュー教授の講演原稿、「カフェから文芸キャバレーまで――カルチエ・ラタンとモンマルトルのあいだ、文芸誌と風刺雑誌について」の翻訳を行った。この訳文は、2018年1月21日に京都産業大学で行われた同教授の講演会の際に聴衆に配布された。この翻訳業務は本研究において、ヴァレリーが文学的活動を開始した年代の時代状況の、より多角的な把握に寄与するものとなった。
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