研究課題
申請者は,基礎となる予備検討および健常者からのデータ収集を本年度に実施した。①本邦における申請課題領域では,うつ病診断がつかない者でも記憶想起障害がみられることが報告されているため,まず閾値下のうつ症状を有する者を対象に安静時脳機能測定を実施し,行動的特徴の関連を検討した。対象者は閾値下うつ26名,健常者36名であった。検討の結果,安静時の脳機能で健常者と差異のみられたデフォルトモードネットワーク内の楔前部の活動が閾値化うつの報酬知覚低下と関連を示した。同領域は記憶想起時の検索の成否に重要な領域であり,閾値化うつの記憶想起異常を示唆していた。さらにデフォルトモードネットワークは内的自己参照処理に関連しており,過度な内的注意志向における記憶検索の失敗が外的報酬の知覚を阻害している可能性があった。したがって記憶システムに関するこれらの機能的異常に対して報酬知覚を増加させる介入の有効性が示唆された。本研究は本年6月の第8回世界行動療法会議にて発表する。②上記の結果から閾値化うつの報酬知覚の増加が閾値下うつの記憶想起に関する脳機能を改善させる可能性が示唆された。そこで行動活性化を閾値化うつ者に適用し安静時脳機能の変化を検討した。対象者は閾値下うつ40名であり,無作為に割付けた1群に5週間の介入を行った。その結果,行動活性化によってデフォルトモード前部サブネットワークの他領域への拡張が介入後に縮小した。つまり外的報酬への知覚増加(内的刺激検出の低減)に関する脳機能が向上した。本研究は本年8月の日本うつ病学会にて発表予定であり,論文として執筆中である。③健常者に対して同様の脳画像測定および,申請課題中の記憶想起課題を作成・実施した。現在までに約60名を収集しているが今年度も継続し,これらのデータをもと次年度以降の実験研究を精緻し,実施していく予定である。
2: おおむね順調に進展している
研究は順調に進捗し,成果をあげることができた。本年度は,うつ病患者の自伝的記憶の想起障害に対する治療法の検討の基礎研究として,閾値下うつ症状を有する者を対象に,安静時の脳機能に関する検討を行った。検討の結果,対象者の行動的特徴に関連する脳機能異常を同定でき,記憶機能に関連する領域が行動的異常に関連する可能性を示した。さらにそこから有効性が示唆された行動活性化を行い,閾値下うつにおける安静時脳機能の改善が,対象とする記憶想起障害の維持要因に深く寄与する可能性を明らかにした。行動活性化は日々の体験を増やしたり,それを振り返るワークが含まれるため,概括化に対する治療として有効である可能性がある。これらの研究成果は,昨今増加の一途をたどるうつ病への対策,およびその特徴的な自伝的記憶の想起障害への治療開発において,行動的アプローチがその神経基盤変容に有効であることを示唆する重要なものである。これらの成果は,国内外の学会,論文にて積極的に公表し,関連研究領域の発展に大きく貢献している。
前年度には閾値かうつを対象としたデータ収集・検討を中心に行った。さらに,比較対象としての健常者のデータ収集を始めている。これについてはデータが十分に集まっていないため,今年度に追加収集する予定である。申請した計画書で行う予定であった介入法は,比較的新しく十分に確立された治療法と言えないため,前年度の対象者の特徴に合わせて介入法を変更した。この介入は行動活性化と呼ばれ,効果に関するエビデンスが蓄積されているとともに,申請課題中で行う予定であった介入法と類似した構成要素を含んでいる。データを収集後,解析を行いこれをまとめていく予定である。結果をもとに,行動活性化が自伝的記憶の概括化の改善に有効である可能性を提案し,治療として確立していくことを目指す。また,まとめた成果は国際誌への投稿および国内外の学会発表などで広く公表していく予定である。
すべて 2016
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件、 オープンアクセス 1件、 謝辞記載あり 1件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件)
European Child & Adolescent Psychiatry.
巻: 印刷中 ページ: 印刷中
10.1007/s00787-016-0842-5