本研究では、細胞膜中に埋め込まれている添加物の役割について解明することを目的としている。細胞膜のモデル系であるリン脂質膜に、様々な添加物を添加したときの膜の透過性、表面張力、脂質分子の拡散の三つの主要な膜物性の変化を熱力学量により統一的に書き表したい。これにより、各論的に議論されてきた膜内添加物の効果を統一的に理解することができるとともに、熱力学量の測定からあらゆる添加物の効果を予測できるようになる。三つの主要な膜物性と熱力学量とは、膜構造・脂質ダイナミクスの情報を介在させることによって適切な結びつけを行う。 今年度は、リン脂質膜へのスチルベン分子の添加実験において、熱力学量(相転移温度)と構造変化(膜の自発曲率)が結びついていることを明らかにした。さらには、スチルベン分子の光異性化によって相転移を制御できることも明らかにした。一方で、本研究の実験対象に用いた一部の添加分子において、熱力学量を正確に測定できないものがあった。本研究では物性を書き表す熱力学量に、リン脂質膜のゲル相から液晶相への相転移の熱力学量変化を用いる予定であるが、添加物の膜への添加によりゲル-液晶相間に中間相が発現する系が存在することがわかった。現在、モデルに用いる熱力学量をどのように定義するかを、中間相の起源や構造の観点から決定することを試みており、構造の同定を行うことができた。その際に、実験試料として用いているリポソーム(リン脂質膜でできた小胞)のせん断粘度測定において、中間相ではせん断年度が著しく低下することを発見した。現在、この現象の解明についても取り組んでおり、フランスの高等師範学校(ENS)に所属するBaigl教授との共同研究ではその実験の一つに用いるマイクロ流路を作成した。
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