本研究では、細胞膜中に埋め込まれている添加物の役割の解明を目指している。細胞膜のモデル系としてリン脂質膜を用い、リン脂質膜に様々な有機分子(添加物)を添加した際の膜の表面張力・透過性、および脂質分子の拡散の三つの膜物性の変化を熱力学量により統一的に書き表す。これにより、添加物の膜への効果を統一的に理解することができると考える。また、熱力学量の測定から添加物の膜への効果が予測できるようになると考えられる。三つの膜物性と熱力学量の結び付けは、膜構造・脂質ダイナミクスの情報を介在させることで適切に行う。 これまでの研究により、直鎖アルカンなどの単純な分子においては、モデル構築の一部を達成することができた。しかしながら、添加物の中には、脂質膜の相挙動を大きく変化させるものもあり、三年目となる平成29年度は、そのような複雑な系においてモデルの変数として用いる熱力学量変化をどのように定義するかという点を検討した。また、三年目に計画していた脂質の種類の依存性や塩濃度・緩衝液などの影響を調べた。結果として、脂質膜の相挙動が添加物により大きく変化する系においては、モデルの構築を達成することができなかった。しかし、研究の過程で相挙動とマクロな脂質分散液の粘度の関係に関する新たな現象を発見し、これはChemistry Lettersで発表した。また、脂質の種類や塩濃度・緩衝液の効果について検討を行ったところ、やはり脂質膜の相挙動が塩濃度に強く依存し、熱力学量変化の定義が難しく、モデルの構築が困難であった。このように、脂質膜が様々な相挙動をとることは、細胞膜が様々な膜構造を介してあらゆる膜の機能を維持しているという側面を照らしていると考えられる。なぜ細胞膜中に添加物が必要であるかという問いには、添加物効果を様々な観点から観測し、それらを踏まえた生物学的視点からの考察も重要であると考えられる。
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