本研究は固体酸素の磁場誘起新規相、θ相の物性解明を目指すものである。しかしながら、固体酸素の強磁場物性に関して前年度までに網羅的研究を行い、各相の熱力学的特性をまとめることに成功した。本年度は、液体酸素の磁場誘起相転移観測を新たな目的として、液体酸素の超音波測定を行った。歴史上、液体-液体相転移は圧力-温度相図上でのみ研究が行われてきた。仮に磁場誘起の液液相転移が観測されれば、液液相転移という現象の普遍性を強く示唆するものとなる。これは液体という状態に複数の熱力学的に安定な状態が存在することの証明となる。したがって、本研究は酸素のみならず、ソフトマターを中心とした多くの科学分野に波及する可能性がある。 実験は強磁場下超音波測定を専門とするHLD-HZDRのSergei Zherlitsyn博士の協力のもと行った。パルスエコー法を用い、位相比較によって音速の変化と音波減衰係数の磁場依存性を測定した。60 Tの磁場印加で音速4%程連続的に減少することが明らかになった。周波数および温度依存性は観測されなかった。従ってこの磁場領域において、酸素の液液相転移は無いと結論した。 一方で、音波減衰係数は強磁場に向かい漸近的に上昇することが明らかになった。一般に単純液体の場合、音波減衰係数αは周波数fの自乗で規格化される。単純液体の場合、この値は10程度になることが知られているが、液体酸素の場合磁場印加によって12→60という異常な増大が観測された。これを説明する仮説として、目的で述べた液体酸素の液液相転移が挙げられる。したがって60 Tまでで観測された音波減衰係数の漸近的挙動は、磁場誘起相転移の前駆現象の可能性がある。来年度以降、さらなる強磁場領域で相転移の可能性を探索する。
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