我々は、外界からの情報を受動的に感知するだけではなく、能動的な身体運動とそれに伴う感覚フィードバックとを対応付けることで、自らと外部環境の関係性を構築している。この際、身体運動と感覚フィードバックを正しい組み合わせで対応付ける条件として、両者の時間的整合性が挙げられる。しかし、実際の場面を想定すると、道具や楽器使用の場面において、音速の遅延や道具自体に内在する音が鳴るまでの遅延など、感覚フィードバックが遅れて到来する場面が考えられる。このことから、脳には異なる時刻に入力される感覚情報を同一のイベントとして対応付ける何らかの方略が存在すると考えられる。そこで本研究では、身体運動とそれに伴う聴覚刺激の統合処理に着目し、両者が時間的に不整合な環境における統合処理メカニズムを明らかにするため、心理・生理の両側面から実験的な検討を行った。 研究最終年度に当たる平成28年度は、前年度に特定された遅延聴覚フィードバックの検出に関連した脳活動(事象関連電位)を利用し、その事象関連電位成分の特徴および運動制御の内部モデルの検討を中心に実施した。1)遅延検出に関連した事象関連電位成分は、身体運動由来である聴覚刺激の遅延検出時にみられる脳活動であるのかを確認するため、受動的に呈示される聴覚刺激列中に遅延を挿入した場合と比較した結果、身体運動に伴う聴覚フィードバックの遅延検出時の方が、有意にその電位が大きいことが示された。2)遅延した感覚刺激にしばらく晒されているとその遅延に順応する現象(temporal recalibration)を利用し、順応前後の脳活動の比較を行った。その結果、順応後は遅延検出に関する脳活動が見られなくなることが示された。この結果から、遠心性コピーに基づく予測と実際の感覚フィードバックの到来時刻にずれが存在する場合、フォワードモデルの再学習が起こることが示された。
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