研究課題/領域番号 |
15J05417
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
川田 樹 東京大学, 工学系研究科, 特別研究員(DC1)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
キーワード | へき開破壊 / 靭性 / 有効表面エネルギー |
研究実績の概要 |
28年度には、研究実施計画に示したとおり、前年度に検討した手法に基づき、有効表面エネルギーを取得するための実験を行った。本実験では、Ni添加量および粒径を変えた7種のフェライト-セメンタイト鋼から作製された試験片を用い、様々な温度域で行った破壊試験の結果を分析することで、有効表面エネルギーの温度依存性、Ni添加量依存性について考察した。有効表面エネルギーの計測においては、レーザー変位計を活用することで起点となった破面単位の向きを精密に計測し、3モードの応力拡大係数を考慮することで、従来よりも厳密な意味での有効表面エネルギーの計算を行った。さらに、結晶粒内で亀裂が成長していく過程および隣接破面単位の向きを考慮することで、様々な数値モデル上の仮定に対応する有効表面エネルギーの値を提案した。提案した有効表面エネルギーの温度遷移曲線は、San-Martinらの研究で提案された温度遷移曲線で異常な上昇を示していた温度域よりも高い温度でも現実的な値を示し、有効表面エネルギーは-50℃以上の温度域でも緩やかな上昇を示すのみであるということが判明した。また、Ni添加量への依存性は認められず、Ni添加による靭性の向上は降伏応力の温度依存性のみに起因することが示唆された。 また、亀裂が粒内を伝播し、粒界に突入する過程を想定した有限要素解析を行い、亀裂先端の応力場の履歴を推定した。その結果、亀裂先端の応力は降伏応力のひずみ速度依存性によって、粒界に達した直後が最も高く、そこで粒界を突破できなければ応力は時間にしたがって低下していくことが判明した。したがって、有効表面エネルギーを推定する際は、亀裂が粒内で成長していく過程に着目すべきであるという知見を得た。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度の成果によって、従来不明であった鉄鋼のへき開亀裂発生時の有効表面エネルギーについて、温度依存性をより精緻な手法で明らかにすることができた。また、有効表面エネルギーのNi依存性も、本研究においてNi添加量の異なる鋼材を用いたことで検証することができた。本年度の研究成果によって得られた有効表面エネルギーの温度依存性は今後、本研究の目的としているベイナイト鋼のへき開破壊靭性予測モデルの構築において重要なパラメーターとなる見込みであるため、本研究において非常に意義のあるものであると考えられる。また、本年度には、来年度に行う予定であるへき開破壊発生過程のStage IIの定式化に必要なベイナイト鋼供試材の作製を行った。来年度にこの鋼材を用いてStage IIの定式化を行い、本年度の研究成果と合わせてへき開破壊靭性予測モデルに組み込み、従来明らかにされてこなかったベイナイト鋼の微視組織とへき開破壊靭性の関係を考察する予定である。以上の理由から、本年度の成果は本研究において重要な知見を与えるものであり、十分な進捗をもたらしたと考えられる。
|
今後の研究の推進方策 |
今後は、今年度に作製したMA(Martensite-Austenite constituent)間の距離を調整した供試材を用いて多数の破壊試験を行い、ベイナイト鋼におけるへき開脆性破壊発生過程のStage II(脆化相割れの母相への伝播)の限界条件の定式化を行う。まず、従来研究でへき開脆性破壊発生のStage IIを記述する上で用いられてきたPetchの式の問題点を考慮し、転位堆積距離を考慮したStage IIの限界応力を、有効表面エネルギーγpmを未知の定数として新たに定式化する。このγpmを、新たに定式化した限界条件を組み込んだ破壊確率モデルによって構築した尤度関数を前述の多数の破壊試験の結果に適用し、尤度を最大化することによって推定する。 また、以上に示した方法で定式化したStage IIの限界条件および、今年度の研究によって取得した有効表面エネルギーγmmの温度依存性を組み込んだStage IIIの限界条件を用いて、ベイナイト鋼のへき開破壊靭性を予測する破壊確率モデルを構築する。構築した数値モデルの妥当性を、微視組織の異なるベイナイト鋼に対して本モデルを適用し、解析結果を実験結果と比較することで検証する予定である。
|