研究課題/領域番号 |
15J05677
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
元根 範子 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 北欧 / 中世史 / ノルウェー史 / 教会 / 国王聖人 / 巡礼 |
研究実績の概要 |
中世北欧における国王聖人崇敬とその実態をノルウェーの国王聖人である聖オーラヴ(オーラヴ2世)をケーススタディとして明らかにしていくのが本研究の概要である。中世のラテン・カトリック世界の辺境に位置したノルウェーであるが、国王聖人崇敬の観点から見れば北海・バルト海一帯の北ヨーロッパに広まる国王聖人崇敬の中心地である。近隣諸国にも国王聖人崇敬は存在するが、聖オーラヴ崇敬の特色としては崇敬がノルウェーを超えて広がったこと、巡礼が宗教改革が行われた16世紀前半まで継続されていたということが挙げられる。その実態を明らかにすることによって、北欧一帯における国王聖人崇敬の伝播の過程や崇敬の求心性が判明する。 本年度においては特に研究実施計画のⅡ.対象地域におけるオーラヴ2世への奉献教会の調査及び崇敬の拡大についての検討に主眼を置いた。まずは崇敬の伝播の過程に着目し、伝播にあたってのツール(口頭伝承/文章/図像)や担い手(聖職者/権力者/一般信徒)から聖オーラヴ崇敬がノルウェー内外で伝播していくうえで、いくつかの段階があることを、先行研究を基に明らかにしようとした。 また、ノルウェー内外に現存する中世起源の教会やその遺構、巡礼路、巡礼路上に点在し、聖地とされる「聖オーラヴの泉」などの所在を確認・調査し、成立年代や史料上の記録から特に聖オーラヴに奉献されたと考えられる施設を崇敬伝播の物質的なメルクマールとして伝播の流れを明らかにしようとした。なお、検討対象となる地域はノルウェー本土をはじめ、中世にニダロス大司教の管轄に置かれていたアイスランド、グリーンランド、フェロー諸島、ヘブリディーズ諸島や近隣諸国のなかで特に聖オーラヴと関係性が深いといわれるイングランド、スウェーデンである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
二年目にあたる本年度においては、聖オーラヴ崇敬の伝播には段階があるとしたノルウェー人研究者エイステイン・エクロルの2012年の研究を参考に、崇敬の伝播の諸段階について検討を行った。エクロルは伝播に関わるツールや担い手から崇敬の伝播は1152/53年以前と14世紀後半の二段階に分かれるとしているが、ニダロス大司教による崇敬の整備を崇敬の伝播の一段階として見直し、崇敬の伝播は1152/53年以前、1152/53年~1318年、1318年以降~の三段階に分かれるとして再定義した。 また、崇敬施設の伝播に関する調査は2017年7月25日からの約二週間、聖オーラヴ祭(宗教行事)に合わせてトロンハイムで行った調査や収集した資料を基に、ノルウェー本土に置かれた54の施設の成立年代などからノルウェー本土での伝播の状況を明らかにするものとして行った。その結果、崇敬の萌芽が存在したと考えられる1031年以降1070年までに建てられた奉献施設はそれほど多くなく、ノルウェーにおいてキリスト教が明確に広まり複数の司教区によって管轄され始めた1100年以降に施設の設置の始まりが推定されているものが多いことが分かった。修道院の場合、これは各修道会の成立年度とも関連していると考えられる。崇敬施設自体は1530年代のデンマークによる属領化・プロテスタントへの転向の前後で教会統合などが起こり廃止されてしまったものが大半である。崇敬施設自体の明確な成立年は現在でも議論の対象になっており、具体的な年度設定については今後も検討を続ける。だが、聖オーラヴ殉教直後の北欧全体が口承による情報伝達を主にしていたことを鑑みれば、崇敬の伝播と奉献施設の成立は①同時②崇敬自体はもう少し早い段階から行われ、施設の設立が後③施設の成立のほうがより早く、崇敬は後付けの三パターンがあったと想定でき、奉献施設は崇敬の分布の一指標と みなせる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題を推進するにあたり、まずは聖オーラヴ崇敬の伝播の諸段階のうち、崇敬が文書や図像といったツールで拡散したと考えられている1152/53年~1318年と1318年以降の二つの段階について、オスロ大学が運営するインターネットアーカイヴ「Regesta Norvegica」や「Dipromaticum Norvegicum」を使用し、聖オーラヴに関する文書を集めて、より具体的に崇敬の担い手を割り出す作業を行う。特に1318年前後からは低地地方やハンザ諸都市出身者が聖オーラヴに対して巡礼を行ったり、寄進をするというケースも見られるため、特にノルウェー外での崇敬の在り方について明確にし、伝播先での崇敬の発展などの有無も検討を進める予定である。 また、本年度は調査が進まなかった海外のノルウェー領土や近隣諸国における聖オーラヴの奉献施設の調査を進めていく。これが明らかになることで、聖オーラヴの墓所でありノルウェーの大司教座であるニダロスを中心としてどのようなスピード、経路で崇敬が伝播していったのか、可視的に理解できるようになるのである。 一方で、国王聖人崇敬における巡礼について、聖オーラヴの特色を明確にするために近隣諸国で比較的同時代に列聖されたイングランドのエドワード証聖王の事例などと比較・検討をおこないつつ、中世の北ヨーロッパにおける巡礼、それも生前は世俗の最高権力者であった人物の聖遺物が存在する教会への巡礼とはいかなるものであったのかを明らかにしていく。 なお、聖オーラヴ崇敬に関する史料はインターネット上で確認できるものも多いが、一部見られないものもあるため、大学院の夏季休暇等を利用してイギリスの大英図書館もしくはノルウェーの国立図書館に現地調査に出向き、資料の収集にあたる。
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