本研究の目的は,新規ケージド化合物を用いて神経活動を光制御し,記憶消失に関わる神経回路のメカニズムを明らかにすることである.昨年度までの研究により,当初目指していたセロトニン受容体のケージドアゴニストを用いた神経活動の光制御は困難であることが分かった.そこで,新たな神経活動制御手法としてケージドカプサイシンを用いた実験系の開発を目指すことにした.カプサイシンのバニリル基のOH をBODIPY ケージ基で修飾すると,活性が100分の1程度まで低下した.ケージドカプサイシンを,カプサイシン受容体TRPV1を発現させたHEK293細胞に投与したところ,光照射なしでは細胞応答を引き起こすことはなかった.一方,青緑色光を照射すると,細胞内にCa2+が流入した. さらに,神経活動の光制御を生体内で試みるため,線虫モデル系にケージドカプサイシンを適用すべく検討を行った.線虫は,体表をキューティクルで覆われているため,試薬溶液に浸すだけでは,試薬の体内への取り込みは起こらなかった.そこで,オレイン酸を豊富に含むオイルにケージドカプサイシンを溶解させ,線虫の餌となる大腸菌と混合し線虫に与えたところ,盛んに体内へ取り込む様子が観察された.今後は,ケージドカプサイシンを取り込んだ線虫に対し光照射を行い,Ca2+イメージングや行動試験によって実験系が正しく機能することを確かめる予定である. 線虫は,傷害を避けるため紫外線を忌避する性質がある.これまでのケージド化合物は大部分が紫外線を照射しなければ機能しなかったため,線虫への適用は難しかった.本研究で利用するBODIPYケージド化合物は青緑色の可視光によって機能するので,従来のケージド化合物よりも光毒性を抑えながら,線虫の細胞機能を光制御する実験系を構築できると期待される.
|