研究課題/領域番号 |
15J06124
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研究機関 | 長崎大学 |
研究代表者 |
髙橋 宏司 長崎大学, 水産・環境科学総合研究科(水産), 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
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キーワード | 学習 / 栽培漁業 / 放流種苗 / 訓練 / 行動改善 / 恐怖経験 |
研究実績の概要 |
平成27年度は、マダイ人工種苗を用いて手網追尾訓練による行動特性の形成過程、形成要因および持続性について検討し、行動特性が形成されるメカニズムの解明を目的とした。 形成過程については、隠れ家を設置した水槽内で1日2試行の手網追尾処理を行い、追尾時における隠れ家逃避行動が発現するまでの期間から検討した。その結果。マダイ人工種苗は手網追尾訓練を開始後1~3日頃から隠れ家への逃避行動が発現することが明らかになった。このことは、手網追尾による行動特性の変化は極めて少ない訓練回数で効果が得られることを示唆している。 形成要因の検討では、手網追尾処理を行う際に隠れ家に隠れられる「逃避可条件」と隠れ家に隠れられない「逃避不可条件」を設けて2週間の手網追尾処理(1日2試行)を施した。2週間の手網追尾処理後に各訓練魚1尾を新規環境であるテスト水槽(水槽内には隠れ家として人工海草を設置)に投下し、各個体の活動性(新規環境導入時の挙動)および人工海草の利用行動(新規構造物への逃避行動)を観察した。活動性は、逃避可条件および逃避不可条件で対照区の魚より低下していた。人工海草の利用行動は逃避可条件の魚では多く確認されたが、逃避不可条件では対照区との差はみられなかった。これより、手網によって追いかけられる経験は個体の警戒心を高めるが、追尾時に構造物への逃避経験がないと隠れ家へと逃避する行動が形成されないことが示された。 形成された行動特性の持続性について、2週間の追尾訓練(隠れ家あり条件)を施した翌日および7日後の訓練効果(テスト水槽での人工海草利用行動)を検討した。訓練翌日では人工海草への逃避行動は対照区よりも多かったが、7日後では処理区と対照区間で差はみられず、手網追尾訓練の効果は長期間持続しない可能性が示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成27年度においては、主に飼育実験施設の設営と実験を行った。飼育設備の設営では、多量の実験魚を飼育可能な環境を作るために大型水槽および濾過装置を設置したが、設営初期は飼育魚の斃死がしばしばみられ、飼育設備が安定するまでに当初の予定よりも大幅に遅れた。最終的に、200尾のマダイ人工種苗を飼育可能な設備が完成し、今後の研究を進めていく上で重要な基盤を立ち上げることに成功した。 研究についての目立った成果としては、手網追尾処理による行動特性形成要因の解明が挙げられる。過去に、経験に伴う行動特性の形成についての研究はあったが、これを引き起こす至近要因について明らかにした例は、特に魚類ではほとんどみられない。行動を改善する上で、効果的な訓練方法が明らかにされたことは、実用的な訓練技術の開発においても重要な情報といえる。 また、予備実験として大型水槽での訓練効果および多魚種での訓練効果について検討した。 大型水槽での訓練効果については、訓練による生残の向上効果は確認されなかったが、これは放流方法に問題があったことが予備的な実験により明らかにされている。今後は、効果的な放流方法についてさらなる検討が必要といえる。 多魚種での訓練効果については、天然から採集したメジナ、カゴカキダイおよびトウゴロウイワシの稚魚に手網追尾処理を施して処理水槽内での行動を観察し、多様な魚種において手網追尾訓練の効果がみられた。また、メジナにおいては生活環境の選択行動に違いがみられたことから、日常的な恐怖経験が本種の生活史特性に影響する可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
前年の形成要因の検討から、行動特性の変化には追尾・逃避経験が影響していた。このことから、行動特性形成には個体のストレス負荷およびストレス回避が関係している可能性が高い。そこで、次年度は警戒・逃避反応を高める生理的機構の解明として、手網追尾処理過程の内分泌メカニズムを検討する。具体的には、手網追尾時にかかるストレスをコルチゾールを指標に測定した上で、同等のコルチゾール添加によって行動特性形成が生じるかどうかを検討する。これによって、行動特性の形成メカニズムの解明に加えて、簡易的な訓練技術の開発が期待される。 また、次年度では多魚種での訓練効果として、トラフグおよびメジナを用いた実験を行う。トラフグは、栽培漁業対象種として重要であるが、育成時の噛み合いが問題しされている。過去の研究で、手網追尾処理によってマダイの喧嘩行動が軽減することが示唆されていることから、トラフグの噛み合いを軽減できる可能性を秘めている。メジナについては前年の予備実験から手網追尾処理の効果が見られており、生活史特性への関与が示唆されている。本実験によって、メジナの生活史の生息環境移行に恐怖経験がもたらす機能が明らかになれば、生態学的知見として重要なものになることが期待される。一方で、実験には天然魚を利用するため、採集用具の購入が求められる。 前年度に行った実験で、手網追尾訓練の効果にはしばしば個体差がみられた。同一の環境で飼育していた人工種苗にも関わらず個体差が生じたことから、手網追尾処理の形成効果が個体間の遺伝的な差異によって訓練効果がばらついた可能性が挙げられる。この仮説を検証するために、遺伝子配列が均一な魚を用いて、行動特性の形成効果を調べる必要がある。この知見は、訓練効果の高い処理方法の開発につながることが期待される。次年度は近交系メダカを購入し、遺伝的背景が行動特性の形成にもたらす効果を検討する。
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