本採択課題は学習後に形成されるシナプス (長期記憶シナプス)を同定し、このシナプスが睡眠を伴う経時変化によりどのような挙動を示すかショウジョウバエ(以下、ハエと略す)を用いて検証することが目的であった。しかしながら、研究が進行するにつれ、作られたシナプスを維持し続けることで長期記憶を維持し続ける仕組みこそがより本質的であると考えるに至った。そこで、本年度は長期記憶の維持に必要な遺伝子や生理機能の解明を中心に研究を行った。 長期記憶の維持に関わるapteorus遺伝子の同定及び睡眠への影響:哺乳類にも高度に保存されているLIMホメオドメイン型転写因子をコードするapteorus (ap) 遺伝子が、長期記憶の維持に必要不可欠であることを発見した。また、Apタンパク質はChip (Chi)タンパク質と4量体を形成することで転写因子として機能することから、「Ap / Chi複合体がキノコ体にて長期記憶の維持を制御する」というモデルを提唱した。以上の結果をまとめて、第一著者で論文投稿準備中である。また、apは記憶とは異なるニューロンで睡眠からの覚醒を制御していることを発見し、Scientific report誌にて受理された。 光依存的な長期記憶維持機構の解明: 光には視覚系以外にも概日リズムや覚醒の制御をする役割が知られている。通常ハエは12時間のLDサイクルで飼育される。求愛条件付け後に暗条件でハエを飼育すると長期記憶が失われることが判明した。この原因として、光センサーニューロンであるlLNvsから分泌されるPDF神経ペプチドであると同定した。さらに記憶中枢であるキノコ体におけるPDF受容体も長期記憶の維持に必要であることを発見した。これにより、哺乳類にも共通しうる「光環境依存的な記憶維持」モデルを提唱し第一著者で論文投稿準備中である。
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