研究課題
昨年度の研究によって得られた、細網異形成症由来iPS細胞ならびにiPS由来血液前駆細胞の細胞内ATP分布および代謝フラックス情報を基にさらに研究を進めた。AK2の機能欠損によるミトコンドリア→核へのATP供給低下が転写プロファイルにおいてどのように変化をもたらしているのか,またその変動が分化表現系に影響を与えているかどうか解析するために,マイクロアレイ法によるトランスクリプトーム解析を分化段階ごとに実施した.結果、分化段階ごとにAK2(-)のみにおいて異なる変動パターンを認めた遺伝子を抽出したところ6,173個の遺伝子を得ることができた.この遺伝子群を機能的に分類すると,骨髄球および顆粒球系分化に関わる遺伝子や造血幹細胞やT細胞の増殖に関わる遺伝子などが有意に濃縮されていることが示された。さらに核内ATP量はATP依存的に機能するクロマチンモデリング複合体や,転写を行いRNAを合成するRNA polymerase Ⅱなどに影響を与えることが予想されることからATP量の減少が核内の転写速度に影響を与え,細胞分化に必要なRNAの合成を妨げているという仮説を立て,その実証を試みた.BrU標識によって新生RNAを検出するBRIC法を用いて24時間までの時系列において新生RNAを回収後,総RNA量を定量し、新生速度を推定したところ,AK2(-)では速度が低下していたことがわかった.さらにPDKの阻害剤であるジクロロ酢酸(DCA)を用いてピルビン酸の流入を増加させ、TCAサイクルの回転速度の制御を行ったところ、AK2(+)では,DCA非投与においてAK2補充による好中球成熟の回復が見られたが,DCA投与によってAK2(-)と同様の未熟な血球形態を認めた.本結果から,前駆細胞の段階におけるTCAサイクル活性化は正常AK2存在下においても好中球の成熟遅滞を引き起こすことがわかった.
2: おおむね順調に進展している
前年度に得られた代謝フラックス解析のデータによって仮説の一部が修正されたが,それに柔軟に対応し,速やかに実験計画を修正し,薬剤を用いた代謝改変によって突破口を見出すことを試みた.結果、表現系に大きく違いが見られたため、病態改善につながる代謝経路の同定を期待することと同時に,今後は従来目標としていたエピジェネティック修飾機構への展開など新たな目的設定を行うための工夫が求められる.また,細胞内ATPの局在解析によって得られた知見をさらに広げ,細網異形成症の原因遺伝子であるAK2の持つ機能と分化異常をつなぐ重要な知見を得たことは非常に大きな進展であると考えられる。これは当初の研究計画では予期していなかった知見ではあるが、RDの病態だけでなく、ATP分配が織りなす血液細胞の分化制御機構に関して、より深い知見が得られると期待して、本評価とした。
今年度は昨年度得られた代謝フラックスプロファイルやATP分布データを基に,それらをより深く掘り進める形で様々な視点から解析を行い,AK2が果たす代謝分配と分化運命決定に対する役割に関して言及した.核内ATP分配と転写メカニズムの関係性に関してはBRIC法などの新生RNA取得法とRNA-seqを組み合わせることによって合成速度が低下した遺伝子の同定を目指す.またその遺伝子セットと強く相互作用する転写調節因子をデータベースから探索することで,ボトムアップ的にATP量減少に影響を受けた転写機構を推定することが期待出来る.TCAサイクル代謝分配と分化制御に関しては薬剤だけでなくshRNAを用いた特定のTCAサイクル律速酵素をターゲットとしたノックダウン実験系も構築中である.これによって分化運命決定においてTCAサイクル全体の活性が重要なのか,もしくは特定の代謝産物が重要な役割を果たしているのか検討できると考えている.現段階ではマクロな視点である代謝プロファイルとミクロな視点であるATP分布の変動は明確に結びつけることができていないため,この二つの階層のデータを結びつけるように研究計画を改善することで新たな知見を得ることができると考えられる.
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Scientific Reports
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10.1038/srep35680