『諸人民の法』で提示されたグローバルな分配原理では、現今の世界に存在する国家間の甚大な富の不平等を是正するのに十分ではないという批判に対して、ロールズのグローバルジャスティス論を多元主義的関係主義と読み替え、ロールズのグローバルジャスティス論を擁護することを目指した。より具体的には、現代のグローバルジャスティス論における関係主義と非関係主義の対立軸を参照しつつ、関係主義にロールズのグローバルジャスティス論を分類したうえで、分配的正義が要求される基礎となる関係を複数認める多元主義的関係主義としてロールズを解釈し、基礎構造の共有以外にも、貿易から得られる便益を不平等な仕方で分配する国際的な貿易スキームなども正義原理の適用対象となるという解釈を提示した。 以上のグローバルジャスティス研究で得られた成果を用いて、頭脳流出の倫理学についても研究を遂行した。現在、自国の貴重な資源を投じて育成した医療従事者などの人材が途上国から先進国に向けて流出するという頭脳流出が深刻化している。かかる危機的状況を背景として、途上国が自国の高技能労働者の移動の自由を制限して人的資源の国外流出を防ぐことはいかなる規範的根拠から許されるのか、という問題について国民が負う政治的責務の観点から検討を行った。検討の結果、従来有力な政治的責務の根拠とみなされてきた、連帯責務論(duty of association)、公平性論(fair play)、正義の自然的責務論(natural duty of justice)の内、最後の正義の自然的責務論が、途上国が自国民の出国の自由を制限する際の最も有力な根拠であることが明らかとなった。
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