研究課題/領域番号 |
15J06894
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
益 敏郎 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC1)
|
研究期間 (年度) |
2015-04-24 – 2018-03-31
|
キーワード | ヘルダーリンとシラーの芸術思想 / 芸術思想の政治性 / 美学と政治 / ポール・ド・マンのイデオロギー批判 / ソフォクレス翻訳と悲劇論 |
研究実績の概要 |
採用第1年度目の研究では、大きく分けて3点の成果を得た。 1点目は、本研究が対象とする詩人フリードリヒ・ヘルダーリンが生きた1800年前後と、彼が初めて大々的に知られるようになった20世紀以降という二つの時代における思想史的連続性を明らかにしたことである。その際ヘルダーリンの思想、フリードリヒ・シラーの美学思想、テーオドル・アドルノの思想を扱い、この成果は、紀要『研究報告』を通じて発表した。これは、近代ドイツ芸術思想に新たな光を当てようと試みる本研究の全体的な構想において、その基盤を提供するものである。 2点目は、ポール・ド・マンらが20世紀末に行ったイデオロギー批判の成果を受けて、美における政治性の考察を徹底的に行った点である。ド・マンのイデオロギー批判、マーサ・C・ヌスバウムの教育・芸術思想、カント哲学、シラーの美学思想を扱った。成果は、全国学会や学会誌などを通じて発表を行った。この研究は、受容史研究において、世界大戦期において、ヘルダーリンの詩作品がいかに政治的状況と結びついたのかという問いの理論面からの応答となるものである。 3点目は、ヘルダーリンのギリシャ悲劇翻訳および悲劇理論に関するものである。ヘルダーリンの翻訳とソフォクレス悲劇の原文との比較考察から、ヘルダーリンの悲劇思想の特徴、歴史的背景の解明に迫った。本来これらは、研究計画において第2年次以降に進められる予定であったが、このテーマと合致する国際学会での発表機会に恵まれたため、予定を前倒しして研究を進めた。これらの論考は、ヘルダーリンの詩作品を解釈するにあたって、従来とは異なる視点を提供すると期待できるものであり、また本研究が重視するフランスの哲学者フィリップ・ラクー=ラバルトのヘルダーリン論、および彼独自の悲劇思想を理解する鍵となるものである。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
フリードリヒ・ヘルダーリンのソフォクレス翻訳と悲劇論に関しては、昨年度の国際学会での講演を成功させ、今年度も、独文学会京都支部での口頭発表および同会の機関誌への掲載がすでに決定している。実績も含め、着実に成果を挙げていると言える。現在もアンティゴネの原典読解をもとに、ヘルダーリンのソフォクレス翻訳の分析を、前年度に引き続き進めている。その際に古典文献学の専門論文や、ギリシャ悲劇の受容史からアプローチした思想史研究を参照するなど、多様な知見を取り入れており、ヘルダーリンの悲劇思想の歴史的な重要性を明らかにすることができるだろう。これは3年次に予定しているフィリップ・ラクー=ラバルトの思想の考察につながるものである。 ヘルダーリンの受容史研究に関しては、芸術と政治のつながりに関する論考が全国学会での研究発表や、全国誌での掲載決定に至るなど、期待以上の成果を見た。現在は上記の悲劇研究と並行して、20世紀前半のドイツ語圏におけるヘルダーリンに言及した事例の調査を行っている。芸術と政治に関する考察を土台に、20世紀前半、世界大戦期において、ヘルダーリンの詩作品がいかに政治的状況と結びついたのか、という問題を明らかにすることができるだろう。この点に関する論考は、秋締め切りの研究室発行の同人誌『研究報告』に投稿する見込みである。 なお、当初の計画では一年次に受容史研究、二年次に悲劇研究を予定していたため、その順序が前後している。これは成果発表の関係で、悲劇研究を先行させたためであり、計画内容に大きな修正が生じたわけではない。
|
今後の研究の推進方策 |
ソフォクレス翻訳と悲劇論の研究に関しては、ソフォクレスの原典読解に当たるとともに、西洋文献学の専門書、例えば、”The Heroic Temper. Studies in Sophoclean Tragedy.”(Knox; 1964)や、西洋思想史からのアプローチである ”Antigones. How the Antigone Legend Has Endured in Western Literature, Art, and Thought.”(Steiner; 1984)、”L’imitation des modernes.”(Lacoue-Labarthe; 1986)を参照する。多角的な視座から研究を進めていくことで、ヘルダーリンの翻訳および悲劇論の歴史的位置を示すことができるだろう。 受容史研究に関しては、世界大戦期のヘルダーリン論をあたうかぎり渉猟する。具体的には、シュテファン・ゲオルゲおよび、ゲオルゲ・クライス(ゲオルゲ・サークル)の言説、それに対抗するヴァルター・ベンヤミンの著作、またはユダヤ人によるヘルダーリン受容などである。 また研究環境も重要である。悲劇論や詩学の歴史について、また文学研究の方法論に関して知見を深めるために、今年の10月からベルリン自由大学附属のペーター・ソンディ研究所のもとで研究を進める。ドイツでの滞在は、上記二つの研究にとっても、資料の調達などの点から、積極的な影響を期待できる。また大学の休暇を利用して、テュービンゲンのヘルダーリン博物館所属のアーカイヴにて実地調査を行う。蔵書や彼が同時代に摂取した言説に触れることで、研究の実証性をさらに高めることができるだろう。
|